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51話

――レーデンハイト二番街。


 紳士淑女の行き交う品の良いビジネス街の大通り。

 人出は多いが、喧しさは感じられない。


 だが、少し外れた街道に入ると治安は大きく悪化する。


 一帯は二等市民区画だが、出稼ぎに三等市民もちらほらと見掛ける場所だ。

 表は靴磨きから裏は花売りまで様々だが、当然ながら、その扱いは良いものではない。


「――しつこいぞ、このクソガキがッ!」


 怒声を上げて、スーツを着た男が少年を蹴り飛ばす。

 こんなものは日常の一部だ。

 飢えて食事にありつけない子どもが、縋る相手を間違えただけのこと。


 やり過ぎだ、と男を宥める者はいない。

 顔には出さないものの、三等市民を疎ましく思っている者が大半を占めているからだ。


 法に守られないが、法に裁かれる。

 同じ労働をこなしても、二等市民とは隔たった収入差がある。

 自棄を起こした者が犯罪に走るのは日常茶飯事で、それによって印象が悪化してまともな職に就けなくなる――負のスパイラルは完成されていた。


 たまに情けを掛けようと手を差し出す者がいたりする。

 だが、三等市民にもまた、厚意を見せた者から絞り尽くそうとする賤しさがあった。


 生きるためには仕方がない。

 それだけの理由だが、互いのテリトリーを守って不干渉というわけにはいかなかった。


「……酷い街」

『でしょ~、ほんとに治安が悪いんだよそこー』


 電話口から裏懺悔が同意する。

 仕事の依頼を受け、クロガネは三等市民区画に向かっていた。


『哀れんで施したりしたらダメだよー? 通りがかる度に百人くらい集まってきちゃうからね~』


 冗談めかしているが事実なのだろう。

 身なりの整った者が通る度に、三等市民たちの視線が気味悪いほど集まっていた。


「で、依頼人は?」

『三等市民の女の子だよ~。事情があってお金はあるみたいだけど……まぁ、とりあえず会ってみてよ』


 そう言って裏懺悔は電話を切った。

 報酬に不足がないのであれば、依頼者が誰であろうと構わなかった。


「……あれは」


 他の店とは雰囲気の異なる――大きな娼館だった。

 看板にはマクガレーノ商会の文字。

 売り文句は"様々な魔女を取り揃えております"とある。


 魔女ならば常人よりも仕事の選択肢があるはずだ。

 疑問を抱くも、まだ昼間だというのに人の出入りは多かった。


「――『探知』」


 興味本位で中の様子を探り――なるほど、と納得する。

 商品である魔女にはMEDが取り付けられており、完全に無力化された状態で鎖に繋がれていた。


 哀れむ必要は無い。

 この反吐が出る世界では、日常の範疇に過ぎないのだから。


 本来こういった状況に陥るのは三等市民のはずだが、どうやら無法魔女アウトローを捕まえる手段を持っているらしい。


 実現こそ極めて難しいだろうが、マクガレーノ商会は十人の魔女を商品として並べている。

 三等市民を飼うよりもずっと利益は大きいだろう。

 登録魔女でなければ、魔法省から目を付けられるようなリスクも無い。


 なぜ魔女に拘るのか……などといったところまで思案して、考えるだけ無意味だろうと放棄する。


 端末の画面には周辺の地図と、依頼主との合流座標が表示されていた。

 この場所からそう離れていない路地だ。

 五分程歩くとすぐに見付けることが出来た。


「貴方が依頼主?」


 思っていたよりも小柄で幼い。

 元の世界であればギリギリ中学生に入るかどうか……といった外見だ。

 薄汚れた服を着ているが、顔立ちは整っていて落ち着いた様子だった。


「禍つ黒鉄さん……ですか?」


 確認するように声を掛けてきた。

 魔女を前にして、怯えた様子もなく平然としている。


 頷くと、少女は僅かだが表情を和らげた。


「依頼させていただいた真兎まとです。十三歳、咎人級です」 


 調子を乱されるような戯けた口調だったが、本人は至って真面目な様子だ。

 身振り手振りも相まって名乗り口上のようになっていた。


 魔女……というには反応が弱々しい。

 クロガネから見て他の人間と大差ないくらいだが、微弱ながら魔力を保有している。


 咎人級も一般人に近い者から特異な力を発現させる者までピンキリだ。

 その中で、真兎は最底辺に位置している。


「依頼について、詳しく聞きたいんだけれど」


 裏懺悔曰く"復讐"だと。

 この年頃の少女に、いったい誰を憎悪するような背景があるのか。


「家族の仇と、悪党に拐われた姉の救出を手伝ってほしいんです」

「仇討ち?」

「はい。その、二週間前に……銃を持った人たちの集団に襲われて」


 家族で集まっているところを襲撃されたという。

 武装した相手に対して、素手で立ち向かうには真兎は貧弱だ。

 それでも、装備の整った相手から逃げ切れる程度には動けるらしい。


「犯人の目星は?」

「バッチリです。姉がどこに連れ去られているかまで調べてあります」


 得意気な様子で胸を張る。

 悲壮感は無いように見えるが、痩せ我慢なのは尋ねるまでもない。


 目元にはうっすらと隈があった。

 精神的な疲弊が顔にも出てきていた。


「マクガレーノ商会……あいつら、魔女を捕まえて商品にしてるんです」


 先ほどの娼館のことだろう。

 魔女誘拐のために邪魔な家族を排除する……当然の思考だろう。


「そこを潰して、囚われてる姉を救い出せば依頼完了ってこと?」

「はい……」


 仕事内容は単純だ。

 その程度なら何日とかからないだろう。

 彼女の懐事情までは知らないが、大金に興味があるわけでもない。


 襲撃から生き残ったのは真兎ただ一人。

 魔女とはいえ、咎人級では犯罪シンジケートへの対抗手段にはならないだろう。


「ここら辺を牛耳ってて、対抗組織もいないから好き放題やってるみたいなんです。噂だと公安とも繋がっているとかで……」

「それで、裏懺悔に依頼を?」


 真兎はこくりと頷く。

 自分だけではどうにもならないが、それでも諦めきれない。


 生き延びたことを幸運と思わず、家族を失った不幸に目を向けられる。

 それだけ、日々の過酷な生活の中で心の支えになっていたのだろう。

File:咎人級『真兎』


両親を殺され、姉を娼館に連れ去られてしまった少女。

魔女としての力は極めて弱く、一般人と比べ身体能力に優れている程度の違いでしかない。

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