50話
「……以上がレドモンド裏切りの顛末です、ボス」
カルロは気まずそうに報告を終える。
目を合わせることも出来ない。
椅子に座るアダムの足元をじっと眺めるのみだ。
「そんなに俺の靴がうまそうに見えるか?」
足先で地面をカツカツと鳴らす。
舐めるように命令されたなら、カルロは即座に跪いて従うだろう。
目の前で直立しているだけで酸欠になりそうだった。
これは恐怖だ。
脳内を満たすのは、これから受ける処罰の内容のみ。
近隣を牛耳る大悪党がどれほど残忍なペナルティを課すのか、想像するだけでもショック死してしまいそうだ。
「それで……お前さんはどう見るよ?」
視線の先では、クロガネがソファーで寛ぎながら煙草を満喫している。
カルロと違って受けた依頼は完璧にこなしている。
この場にいても随分と余裕があった。
「いい稼ぎになった。お互いね」
「おぉ、本当になッ!」
アダムは上機嫌でウイスキーを呷る。
チンピラ紛いの準構成員は何人か失ったものの、組織全体としての被害はかすり傷にもならない。
その一方で、山のように高価な魔法物質を強奪できて組織として大幅なプラスとなった。
「高煌度エクリプ・シス……こいつがありゃ、兵器でもなんでも作れるだろうよ」
市場に流通させるには過ぎた品だ。
だからといって、馬鹿正直にCEMに売り付けるつもりもない。
「戦争でもするつもり?」
「そりゃいい! 魔法省のお役人共にぶっ放したら、こんな安酒を飲むよりずっと気分が良さそうだ」
ケラケラと嗤って見せるも半分は本気なのだろう。
組織としての規模を広げるだけでなく、政府組織への対抗手段としてより強力な武器を集めるのは重要だ。
魔法省に対抗するには対魔武器しかない。
ESS装置を始めとした特殊武装を使われて、実弾で撃ち合うにはどうしても限界がある。
「おい、カルロ。お前は魔法工学の専門家を探してこい」
お抱えの技術者が必要だ。
相応の対価を支払うつもりでいるが、そう易々と捕まることはないだろう。
大半の技術者はCEMに回収されている。
「ボス、それって――」
「三日以内だ。さぁ走れッ!」
お咎めなしということでは……と期待して顔を上げた瞬間に真横を銃弾がすり抜けていった。
カルロは冷や汗を垂らして、慌てた様子で部屋を飛び出していく。
その背中を指差して、アダムは上機嫌でウイスキーを呷る。
「……で、どう見るよ?」
「さあ。頭は切れるんじゃない?」
興味無さげに返す。
一連の騒動は"カルロを構成員として育てたい"というアダムからの依頼だったのだろう。
「けど……ちょっと優柔不断かもね」
最終局面では『探知』を利用して様子を窺っていた。
アダムも狙撃手や通信士を介し、一通りのカルロの動きを把握している。
「アイツの頭は悪党向きだが……情が深すぎるよなぁ」
ここぞという場面で踏み出せない。
そんな醜態を晒すようでは、この先も裏社会で生き続けるなど不可能だ。
それでも、危険な仕事をこなして辛うじて生き延びてきた。
「死ぬか生きるか……そのギリギリの状況で頭が冴えるってのは、バカみてえにくたばっちまったゴロツキよりずっとマシだろ」
生き延びるのもまた才能だ。
自身の頭を指でコツコツとつついて、アダムは笑みを浮かべる。
「そういう意味で言えば、禍つ黒鉄。お前さんは……違う意味で悪党向きだ」
身震いしてしまうほどに拒絶的な凍て付いた眼。
視界内の全てを嫌悪するように、決して心を開かず"利用する側"に徹している。
この伝手だけは放棄できない……と。
感心すると同時に警戒してしまう。
ガレット・デ・ロワと繋がる旨味が無ければ、目の前の魔女は敵対する可能性も十分に考えられた。
「そういうところも好きだぜ? 俺は、な」
「……」
ビジネスライクな関係で構わない。
禍つ黒鉄という無法魔女が際立った才覚を持っていると同時に、アダムもまた大悪党として名を轟かせている傑物だ。
先に失望を与えさえしなければ、ガレット・デ・ロワは戦慄級の魔女と強固な繋がりを得られるのだ。
ここで臆するような人間なら、犯罪シンジケートを立ち上げるに至らない。
報酬の金を受け取ると、クロガネは以降の無駄話は相手にせず立ち去る。
その様子さえアダムには好ましく見えたらしい。
強奪したエクリプ・シスを愛でるように眺め、ウイスキーを呷り、狡猾に口元を歪める。
◆◇◆◇◆
「よーっす、裏懺悔ちゃんだぞ~」
人気の無い路地に入ったところで、気怠げに弾む声が聞こえた。
気配を『探知』で感じ取って目立たない場所を選んだが、どうやら正解だったらしい。
「立て続けに二件もお疲れ様。アダムもキミを気に入ったみたいだよ~?」
「どうでもいい」
報酬の中から、事前に分けておいた仲介料を投げ渡す。
特に中身を数えるわけでもなく、裏懺悔はそのまま懐にしまい込んだ。
「ねぇ、どうだった? 結構楽しめたかなぁ?」
「……チッ」
その様子にクロガネは舌打つ。
白々しい、と。
「で、採点の結果は?」
「んんー? 何のことかなぁ」
裏懺悔はわざとらしく掠れた口笛を吹いて誤魔化す。
語る気は無いらしい。
アダムがカルロを育てようとしたことと同様に、裏懺悔もまたクロガネを育てようとしていたのだろう。
未熟者同士を組ませて危険な仕事に放り込む。
だが、事の真相は全てアダムも裏懺悔も把握した上で任せた。
ガレット・デ・ロワの情報部は優秀すぎる。
あの程度のガードなら、片手間にでもレドモンドの腹を探れたはずだ。
「口を滑らせた間抜けな大悪党がいるんだけど」
「あぁ~、アダムに後で言っておかなくちゃダメだね~」
コンビナート強襲の前に交渉をした際に『合格点をくれてやる』と言い放った。
彼は悪党であって役者ではない。
些細なミスを見逃すほど緩んではいない。
「それよりもさぁ~、私に言うことないのかなぁ?」
わざとらしく手を腰に当て、頬を膨らませる。
クロガネは仲介のことも、それ以前の研究施設でのことも感謝するつもりはない。
馴れ合うつもりも当然無い。
だが、そうではないらしい。
「色差魔とキスしたでしょ! すっごく気持ちよさそうなやつ!」
「……は?」
「裏懺悔ちゃんというものがありながら、他の魔女に手を出すなんて~!」
自分ならもっとすごいことだって受け入れるのに……と、裏懺悔は憤慨する。
嫉妬しているようだったが、これ以上はさすがに相手をするのが面倒になって背を向ける。
「……っと、ちょっと待った!」
急に真面目なトーンで声を掛けられ、クロガネは嘆息しつつ振り返る。
裏懺悔は携帯を片手に、少し待つようにジェスチャーで伝えてきた。
電話に出てから少しして、裏懺悔がにまにまと笑みを浮かべる。
「さてさてー、禍つ黒鉄。キミに任せたい仕事があるんだけど~」
「……はぁ」
仕事の話であれば聞かない理由は無い。
どちらにせよ、裏社会で生きる以上、彼女との縁を絶つことは不可能だ。
「次の仕事は"復讐"だよ~。わくわくするねー」
無法魔女として、仕事の斡旋を受けながら日々の糧を得て生きていく。
原初の魔女が満足するまで、血塗れの道を歩み続けることになるだろう。
――禍つ黒鉄。
その名は、奪われた元の世界での記憶など忘れ去ってしまうほどによく馴染んでいた。
1章終了。
次話から2章に入ります。




