表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/315

49話

 カルロは蒸留塔を囲っている足場を駆け上がる。

 ようやく追い詰めたというのに、レドモンドは悪足掻きでもするように逃走を続けていた。


 体力には自信があったが、思っていたより逃げ足が速く捕まえられない。

 その上、無防備に飛び出せば銃弾が飛んでくるのだ。 


「待て、このッ――」


 デスクワークが本職だっただろ、と心の中で愚痴る。

 確かに体格は良いが、ここまで動けるようには見えなかった。


「カルロ、君もワークアウトくらいしたらどうだッ!」


 小馬鹿にするように嘲るも、レドモンドは既に追い詰められている。


 主蒸留塔から逃げ出す際に、既に地上は制圧されていた。

 遮蔽物も心許なく、狙撃手の目を掻い潜ることも難しい状況。


 ガレット・デ・ロワの構成員たちが合流しつつある。

 前方は完全に塞がれており、後方には海が広がっている。


 運搬に都合が良いように、石油タンカーが停船できる程度の深さがある。

 夜の海に飛び込んだとしても生きて上がることは不可能だろう。


 飛び降りて死ぬか、溺れて死ぬかの二択でしかない。

 当然、真正面から迎え撃つのも現実的ではない。

 何か有効な策を講じなければ、大悪党の前に引き摺り出されて"報復"されることになる。


 そうなれば一等市民の夢など遥か彼方だ。

 拷問の末に処分される……そんな末路が容易に想像できた。


「レドモンド、往生際が悪いぞッ!」


 得意の射撃も役に立たない。

 カルロは焦れたように距離を詰めようとして、即座に遮蔽物に隠れる。

 直後、目の前の手摺を弾が掠めて甲高い音が響いた。


「クソ……ッ」


 現状は蒸留塔で一対一。

 構成員たちはエクリプ・シスの確保を優先しているのだろう。

 近くに魔法省の支部がある状態では長居はできないため、今すぐの応援は不可能だ。


 場合によっては、始末を付けさせるためにアダムが手を出さないよう命令しているかもしれない。

 いずれにせよカルロは自身の手で終わらせるつもりでいた。


「いつまでも逃げてんじゃねえッ!」


 距離を詰めても弾を食らう危険が増すだけ。

 弾切れを狙えるほど時間に余裕はない。


 格好付けて革靴なんて履くべきではなかった……と、後悔しつつも根気よく付き合っていた。


 蒸留塔を囲む鉄骨の足場には、螺旋状に階段が敷かれている。

 鬼ごっこを続けていれば、最終的に頂上で追い詰めることになるだろう。


「君も執念深いね。飼い主の"躾"がそんなに怖いのか?」

「てめえこそ、よくもまあ……そんなに金に執着できるもんだッ!」


 着実に追い詰めている。

 裏社会で五年もやってきたのだ。

 カルロの方が、明らかに場数を踏んできている。


「ウチに頭下げてりゃ良い思いできてたろうに、どうして――」


 カルロの頬を銃弾が掠める。

 血が滲み出てきた。


「私が欲しかったのは金じゃないッ……自由が、それだけが欲しかったんだッ!」


 レドモンドが苛立ちを露にする。

 ここまで余裕の無い表情を見せるのは、出会ってからここに至るまで一度としてなかった。


「取引して散々稼いできただろうがッ!」

「そうじゃないッ! そんなものは……紛い物だッ!」


 紙幣の束を幾ら積み重ねたところで自由になれない。

 レドモンドの脳内は、もう何十年も前から一つの野望に満たされていた。


「一等市民になれさえすれば、私を縛るものは無くなる。そうすればッ――」


 冷静さを欠いているのだろう。

 無防備に覗いていた左肩を、カルロは容赦なく撃ち抜く。


――今が好機だ。


 苦痛に呻いている数秒。

 素人ならもっと長いかもしれない。


 既にレドモンドは足場を上りきってしまい、逃げ場がない状況だ。

 この時間を利用して、全速力で距離を詰めようとして――。


「――動くなッ」


 威嚇するように銃声が響く。

 弾はカルロの前方をすり抜けていったが、次は確実に当ててくることだろう。


「その男は我々魔法省が身柄を拘束する。大人しく退けッ」


 ジン・ミツルギ捜査官――魔法省の昇進コースに所属するエリートだ。

 わざわざ後ろから追い掛けてきたらしい。


 ネペリ支社での交戦を思い出し、カルロは苦々しく歯を軋らせる。


「取り込み中なんだよ、邪魔すんじゃねえッ」


 銃口をジンに向けようとして、反対方向からの銃声に飛び退く。

 ネクタイで撃たれた箇所を覆うように手早く止血したらしい。

 険しい顔をして、レドモンドが銃を構えている。


 銃を向けあって互いに膠着する。

 三人とも敵対しているもの同士で、銃口が行き来して定まらない。

 どちらを先に相手するべきか悩んでしまう。


「チッ、どうしろっていうんだよ」


 どちらにも隙は見せられない。

 狙撃手もいるはずだというのに、一向に手出しする様子は見られない。


 本来ならジンを仕留められるはずだ。

 やはり、カルロ自身の手で後始末を付けられるように命令が出ているのだろう。


 最終局面だけは手を出すな、と。

 彼らはスコープを覗くだけで静観を決め込んでいる。

 事が片付き次第、その様子はアダムに報告されるのだろう。


 この場は本来の目的を優先すべきだ。

 失態を拭うことが出来なければ、どんなペナルティを課されるか想像も付かない。


 と、銃口をレドモンドに向けようとして――。


「レドモンド・アルラキュラスッ、そこの男を片付けたら次はお前だッ!」


 ジンが声を上げる。


 その声に意識を取られたほんの一瞬。

 隙を窺っていたかのように、レドモンドが銃を持ち上げ――自身の頭部に突き付ける。


「ふむ……それは残念だ」


 乾いた音が虚しく響く。

 そのまま後ろに倒れ込むように、レドモンドは海に落ちていった。


「待てよ、おい……」


 思わず固まってしまう。

 ここまできて全てを放棄されるなど考えてもいなかった。


 鈍い音と水飛沫……そして後には、不気味に海が唸っているのみ。

 決着を付けることさえ拒まれ、呆然と立ち尽くすしかできない。


「お前がッ――」


 邪魔をするから、こんなことになってしまった。

 言葉を紡ぐことさえ面倒になって、耐え難い苛立ちを愛用の銃に吐き出させる。


 ここにきてようやく階段を駆け上がる音が聞こえてきた。

 レドモンドの件は終わったと見做されたのだろう。

 隙間からクロガネの姿が見えて、カルロは僅かに安堵する。


 このまま留まっていてもジンには何も出来ない。

 一人だけで深追いしてきたのだろう。

 蒸留塔にまで応援が来る様子はなかった。


 捕縛は諦めたらしく、外に身を乗り出して逃げようとする。

 だが、去り際に一度だけ振り返り――。


「仲間たちの無念は、いずれかならず晴らさせてもらうッ」


 軽快な身のこなしで、足場を飛び移るようにして降りていく。

 追い掛ける気力は残っていなかった。


 疲れきった様子のカルロに、クロガネが声をかける。


「……レドモンドは?」

「死んだ。海に消えちまった」


 こんな最後は受け入れられない。

 この因縁には、殺し合いで決着を付けたかった……と。


 彼の死によって報復は幕を閉じたが、心には消えることの無い不快な靄が残ってしまった。

 熱に浮かされた体を潮風が苛むように吹き付ける。

File:レドモンド・アルラキュラス-page2


人生を賭けて"自由"を望み続けた男。

幼少時代にとある事件によって家族を失うも、一等市民が関与していたため捜査は打切りに。

その人物を暴きたいという執念に突き動かされ、ようやくアグニから一等市民の推薦枠を買収する話に漕ぎ着けていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ