48話
コンテナの山を前にして、クロガネは荒々しく息を吐き出す。
戦いの中で高揚していたのか吐息が熱い。
思っていたよりも余力がある。
マッド・カルテルは全滅し、魔法省の捜査官たちも大半が撤退を始めていた。
部下を率いるアダムの手腕は見事なもので、乱入して瞬く間に場を掌握してしまった。
「……何か用?」
唯一、この場で警戒すべき仮面の魔女。
彼女だけは明らかに別格だった。
「見つかっちゃったか。わざわざ見失わないようにマークしてたのかな?」
戯けてみせるも、直後にはクロガネが銃を向ける。
仕事の邪魔になるようであれば、実力行使で追い返す他ない。
「殺し合いになるのはちょっとヤダなぁ。かわいい顔に傷を付けたくないし――」
乾いた音が響く。
照準を合わせて引き金を指を掛けるまで、コンマ何秒とかかっていない。
撃ち出された弾丸は狙い通りの軌道を描くも、銃声が響く直前に体を揺らして躱していた。
「……ッ」
厄介な相手だ。
まるで思考を読まれたかのように、撃つ前から既に躱されていた。
「用が無いなら消えて」
「ちょっと話がしたくてね。キミは、初めて見るタイプの魔女だったから」
武器を召喚するだけならば、珍しいものの他にいないというほどではない。
だが、副次的な能力として『探知』等まで扱える者はいない。
「魔女の能力は一つだけ。応用が利くようなものはあっても、別系統の魔法まで扱うなんて本来ありえないんだ」
だからこそ、好奇心をくすぐられるんだ――と。
目の前にいる魔女の体を、心行くまで調べ尽くしたいと思っていた。
「レドモンドは本当に不運だね。こんな無法魔女を投入出来るようなツテが、ガレット・デ・ロワにあるとは思ってなかったみたいだし」
レドモンド自身が与えた被害といえば、準構成員が何人か命を落としたくらいだ。
裏切りはタブーとはいえ、それに対して規格外の魔女を連続して雇うなど大盤振る舞いにも程がある。
対するレドモンドは、数こそ揃えられるものの質の高い魔女を雇えるような伝手がなかった。
「魔法省でさえ把握していないのに、キミの等級は……ボクの見立てだと戦慄級はある。端金で動くような凡百の魔女とは思えないんだけどな」
――これまでどこに身を潜めてきたのかな。
興味津々といった様子で、こちらをじっと見つめている。
どこか気味の悪い好奇心を向けられている。
「不思議な気配だ。キミは、魔女であって魔女ではない――」
仮面の魔女は軽やかに――瞬時に間合いの内側まで肉迫する。
咄嗟に蹴り突けようとするも、虚空を穿つのみ。
「――ここに何を隠しているのかな?」
背後に回り込まれて、抱き締められるように拘束される。
胸元を細い指で撫でられ――即座に『能力向上』を発動して力任せに投げ飛ばす。
「おおっと、すごい腕力だね」
空中で身を捻って軽やかに着地。
服のシワを伸ばすように、体をゆらゆらと左右に振る。
「ボクの言葉は法律そのものだ。股を開くように命じれば、誰だって……そう、おしゃれな喫茶店の中でも抵抗できない」
一等市民のみに許された特権。
言葉一つで人々を律する社会規範さえ上書きできる。
抵抗するような者がいるとすれば、正しい意味での無法者くらいだ。
「キミは魅力的だよ。遊びじゃなくて……伴侶として迎えてもいいくらいに、ね」
その姿がブレて――今度は正面から甘く優しく抱擁される。
仮面を少しだけずらして、悪戯っぽく口許から舌を覗かせたかと思うと、首筋からくすぐるように舐め上げ、そして耳を啄む。
服の中に潜らせた手で、愛でるように腹部に円を描く。
熱を帯びた吐息を吹き掛けるように囁く。
「幸せが確約された未来。ねえ、思い浮かべてみて。この世界で誰よりも――」
「離せッ!」
こんな世界で幸せを望むつもりはない。
彼女の誘いは不快でしかない。
突き飛ばして拒絶すると、即座に銃を乱射。
マガジンの残段を全て吐き出させるも、一発も当たらずに終わる。
「あははっ、威勢がいいね。今すぐ襲っちゃってもいいんだけれど――」
建物の外で、慌ただしく階段を駆け上がる音が聞こえた。
蒸留塔を囲むように造られた鉄骨の足場で、悪党たちが決着を付けようとしている。
「じゃれあいはベッドでしたいな……っと、もうこんな時間か」
わざとらしく腕時計を確認して嘆息する。
始めから殺し合うつもりはない。
ただ興味を引かれたから、価値を見定めたかっただけ。
「気が変わったらいつでもボクを訪ねて来るといい。一等市民居住区にある屋敷で、毎晩可愛がってあげよう」
誘いに乗るつもりは微塵も無い。
即座にペルレ・シュトライトに持ち替えて、クロガネは引き金に指を掛ける。
そのコンマ何秒という刹那に、仮面の魔女は姿を消していた。
「……チッ」
実力の底が見えない相手だった。
軽く覗き込むだけで格の違いを思い知る。
戦慄級の魔女について、綿密に対策を練っておくべきだろう。
依頼の報酬を使ってでも裏懺悔から詳細なデータを仕入れなければならない。
今回は好奇心で近付いてきただけ。
もし明確な敵意を持っていて、利害の衝突が起こるようであれば――次は命を落とすことになってしまう。
動きを目で追えない時点で勝ち目は無い。
依頼は確かにこなした。
戦場を制圧したガレット・デ・ロワの反応がこちらに移動してくる。
エクリプ・シスを準構成員たちに運ばせれば全て完了だ。
後は報酬を受け取るだけ――だというのに、最後の最後に酷く不快な思いにされてしまった。
首筋に残る舌の感触に、苛立ったように近くのコンテナを蹴り付けた。
File:エクリプ・シス
エーテルを宿した魔法物質。
大気中のエーテルを自然吸収する性質を持ち、その速度や貯蔵量は煌度という指数によって表される。
高出力かつ持続性の高い素材のため、高煌度エクリプ・シスは反永久動力源として、魔法工学における対魔武器開発等に取り入れられている。




