47話
戦場には"流れ"というものがある。
それを把握した者こそが勝利を掴むのだと、アダムは部下たちに普段から語っていた。
「おぉ、チンピラ共――威勢がいいじゃねえかァッ!」
銃声と哄笑が止まない。
まるで未来でも見ているかのような立ち振舞い。
一見乱雑そうな射撃によって、マッド・カルテルに雇われた者たちは次々に命を落としていく。
敗走は許されない。
全て"歯向かった事実だけが重要だ"という信条のもとに、背を向けた者から容赦無く撃ち抜いていく。
カルロは構成員の一人にすぎない。
今回の任務に当たっている大半の構成員は彼よりも経験が豊富だ。
どうしても、その差を埋められずに機を逃し続けてしまう。
凄惨な殺し合い――だが、何よりも自由を感じられる。
好き放題に暴れ回って、それを生業としていけるのであれば最高だろう。
ガレット・デ・ロワは構成員全員が三等市民という生まれだった。
搾取され続けるだけの家畜以下の扱いだった。
押し付けられた靴底を笑顔で舐め続ける。
そんな人生など耐えられない。
この社会で自由を勝ち取るため、そして尊厳を守り抜くためには、悪党としての矜持を持つことが唯一の手段だった。
「やるしかねえ……ッ」
死を恐れるのは当然のこと。
だが、同時に今置かれている状況を楽しめるようにならなければ、アダムのような大悪党にはなれないだろう。
そうこうしている内にクロガネが強行突破して、主蒸留塔までの道が抉じ開けられた。
無法魔女は全滅してマッド・カルテル側は大半が戦意を喪失している。
残って必死に抵抗している者は雇われではない構成員だろう。
他の場所から少しだけ増援が来たが、取るに足らない数になっている。
魔法省の捜査官たちも撤退を選んだのか、銃撃の勢いが随分と落ちている。
後に続いて、レドモンドのところまで駆け抜けられるだろうか。
「……クソッ、どうにでもなりやがれッ!」
自棄になって駆け出すと、即座に銃声が響く。
すぐ正面のタンクの裏に捜査官が隠れていたらしく、カルロの目の前で仰向けに倒れて呻く。
まだ息はあるようで、痛みに悶えつつもメモ帳を取り出そうとしていた。
遺言を残したいのだろうが――銃声が再び、今度は真横で鳴る。
「こんな場所でマネキンごっこでもしてるのか?」
咎めるようにアダムが言う。
遺言を書き終えるまで律儀に待っているなどバカのすることだ。
「すみません、ボス」
「殺れる時に仕留めとけよ。逃がすと面倒事を抱えることになる」
情けをかける必要はない、と。
それはアダム自身の経験則によるものらしい。
普段の戯けた雰囲気が一切感じられなかった。
「てめぇの好きに、後始末付けてこい」
戻ったら採点してやる、とアダムが嗤う。
落第点を取ると後が怖い。
カルロは頷くと、今度こそ気を引き締めて駆け出した。
◆◇◆◇◆
「――何なんだ、あの魔女はッ!」
窓から戦況を窺っていたレドモンドが声を荒らげる。
魔法省の介入までは予想できていたつもりだった。
万が一に備えて雇った無法魔女たちがいれば問題ないはずだと。
それが、唐突に乱入してきた黒い魔女によって全て崩された。
ミサイルでも打ち込まれたかのような爆発と、無法魔女たちを無力化するほどの反魔力。
それでも人数の差を考えれば押し潰せるはずだった。
魔法省の監視を掻い潜って、秘密裏に集めた構成員十名、準構成員三十名。
雇った無法魔女が五名、そこらの三等市民が五十名。
この一晩のためだけに、大半の私財を擲ってかき集めたはずだ。
維持することは考えず最大限の戦力を揃えた。
だが、魔法省との交戦によって数が減ってきたところを、ガレット・デ・ロワが容赦無く突いてきたのだ。
「んー、ダメそうだねえ」
いつの間にやら戻ってきたらしいアグニが肩を竦める。
瞬く間に戦況は悪化していき、今では彼の命さえ危ういくらいだ。
「い、いえ。まだ打つ手は――」
レドモンドがいる蒸留塔の根本付近で激しい音が響く。
鉄の扉を蹴破って、コンテナを隠してある場所まで辿り着かれてしまったらしい。
何度か銃声が聞こえ、そして完全に静まり返ってしまう。
「全滅しちゃったね。残念だよ、本当に」
期待していたんだけどな、と白々しく言う。
取引のためのエクリプ・シスを押さえられてしまっては、これ以上レドモンドに付き合う義理もない。
「……ふぅー」
レドモンドは瞑目して、ゆっくりと息を吐き出す。
冷静さを欠かないように。
命があるなら、まだ挽回の余地が残されている。
それが今である必要はない。
次のため、また長い年月をかける覚悟を決める。
「……へえ、意外だね」
無様に泣き喚くでもなく、諦めて脱力するわけでもない。
絶望に染まることもなく、先を見据えて銃を手に取っている。
アグニは素直に感心していた。
そして同時に嘲っていた。
コンテナに詰められたエクリプ・シスと同等の金額を賭けても良いほどには、彼が生存する可能性は低いというのに。
そこには確かに矜持がある。
悪党としてではなく、一人の男として。
その人間性に関しては、確かに一等市民に相応しい品格を備えている。
今回は運が悪かっただけだろう。
「次こそは必ず……いずれ、機会をいただければと」
「楽しみにしているよ」
アグニはそう返事をして、そのまま退室する。
運が良ければ生き残れるかもしれない……と、あまり期待せずに立ち去った。
File:マッド・カルテル
一等市民を夢見たレドモンドの実行部隊。
表向きは製薬会社支部、裏向きは薬品類の横流しや密輸ルートの手助けなどを行っているカルテルだった。
二つの顔を使い分け、どちらも最終目標である"推薦枠"の確保のために利用し続けていた。