42話
多くは定期報告書の添付されたもので、エクリプ・シスの採掘状況が簡潔に記されているのみだった。
採掘量自体は多くないものの、市場に出回っている物の中では質がいいらしい。
「高煌度が十キロっておい……これ全部で一体いくらになるんだ」
モニターの前で視線を上下させながら、戸惑った様子で呟く。
常識外れの金額が裏で動いているらしい。
そのままメールフォルダを漁り続け、中から気になるものを見つける。
「"待避先指定の連絡"ってのは……ま、エクリプ・シスの事だろうな」
二週間ほど前のメールだ。
丁寧に各経由地点での輸送スケジュールまで記されている。
かなり機密性の高い情報だが、煌回路記憶装置を使っていたために処分されていなかった。
研究員達がエーテル汚染されていなければ得られなかった情報だ。
メールはちょうどカルロが特級対魔弾の輸送を任され、リュエス港に向けて移動している頃に送信されている。
その頃には既に逃走ルートまで決めてあったのだろう。
魔法省に尻尾を掴まれたのはそれよりも前で、それだけの間、レドモンドは大勢を欺いてきたらしい。
「輸送先は、港の……チッ、アルバ第四コンビナートか」
苦々しい顔で舌打つ。
その場所を知っているらしかった。
「どうしたの?」
「魔法省の支部が近くにある。ドンパチやるには向いてねえ」
しかもそれなりに規模がデカい、とカルロは続ける。
無闇に襲撃を仕掛けてしまうと魔法省が出張ってきてしまう。
それを狙って第四コンビナートを選んだのであれば、レドモンドは随分と小狡い策士だ。
「奴らの足元でコソコソするなんて、いつ踏み潰されるか分からねえってのに」
「待避先ってことは、すぐ別の場所に移すつもりなのかも」
一時的に避難させる分には都合がいい。
犯罪シンジケート避けとして、魔法省の建物は効果覿面だろう。
レドモンドは端から裏切るつもりで接触してきた。
特級対魔弾の輸送にしても、エクリプ・シスにしても、始めからガレット・デ・ロワに貢献するつもりは無かったのだ。
「そのまま高飛びでもされたら足取りが掴めなくなっちまう」
そうなれば、カルロは名誉挽回のチャンスを失ってしまう。
想定していた規模と違いすぎる。
その一点だけで、カルロが脳内で組み立てていた筋書きが崩されてしまった。
ただの弱小カルテルを潰すだけの仕事ではなかった。
組織で総力を挙げての抗争だ。
当然ながら、このまま先の段階に進むなら多大な犠牲を払うことになる。
「……チッ」
クロガネは苛立ったように舌打つ。
一度ネペリ支社に赴いて無事生還を果たしている。
現時点において、アダムから引き受けた護衛依頼を達成しているのだ。
本来なら、これ以上の厄介事に付き合う必要は無い。
だが、自身の関わった件が宙吊りで終わってしまうのは極めて気分が悪い。
何より余裕に満ちたレドモンドの顔が腹立たしい。
「……アダムに電話をかけて」
「正気か? 正直、手詰まりだって報告するしか……」
「はやくして」
第四コンビナートにはエクリプ・シスを警護するための戦力が集まっているはずだが、対策自体は幾らでも立てられる。
クロガネ自身も大きな戦力となるだろう。
何より、一番大切なことを彼は勘違いしている。
焦れたように殺気立つクロガネを見て、カルロは渋々といった様子で本部に通信を繋ぐ。
「通信士。あぁ、俺だ。今ちょうどロムエ開拓区の――」
「貸して」
携帯電話を強奪する。
「通信士? アダムに繋いで」
『……了解した』
三十秒ほど待って、ようやく繋がる。
電話越しにでも威圧感が伝わってくるような、ヒリついた低い声が聞こえてくる。
『禍つ黒鉄か。レドモンドの奴は引っ捕らえたか?』
「その事についてだけど――」
助力が欲しいなどと馬鹿正直な話をするつもりはない。
アダムもまた、そんなつまらない話に付き合う性格ではない。
アダムは裏社会で巨大勢力を立ち上げた大悪党だ。
そんな人物を動かせる物といえば、ただ一つ。
「――小遣い稼ぎに興味はない?」
『おお? そりゃ随分と急な話じゃねえか』
声が分かりやすく弾む。
あえて戯けているつもりのようだが、興味を持ったこと自体は嘘ではない。
「レドモンドの資金源にエクリプ・シスの鉱脈があった。今はリュエス港のコンビナートに保管されているみたい」
先ほどメール履歴から得た輸送スケジュールでは、そこから次の場所に移すまで二日の猶予があった。
休息を挟む余裕はある。
だが、代わりにレドモンドがネペリ地下の研究所が襲撃されたことを知ってしまうだろう。
輸送スケジュールを早められずとも、警備体制を強化することは難しくない。
『面白い提案だがなぁ。その金額とウチの被害は釣り合うのか?』
現実的な話として、エクリプ・シスのためとはいえ、衝突してまで組織の構成員を削るのは割に合わない。
アダムも身内に命を投げ捨てさせるほど薄情ではないのだ。
クロガネもその辺りは考慮済みだ。
「被害は出ない。愚図を寄越さない限りは、ね」
『そりゃ結構なことだ!』
挑発を受け、愉快そうにアダムが笑う。
その先にある"作戦"が気になって仕方がないようだった。
『で、禍つ黒鉄。お前さんはどうやって奴の手勢を潰すつもりだ?』
「悪を勝手に退治してくれる"心強い組織"がいる」
魔法省に情報を流し、先に潰し合わせればいい。
双方が疲弊しきったところにクロガネが先陣を切って突入し、ガレット・デ・ロワの構成員が後に続く。
『漁夫の利を掻っ払えってか? そいつは刺激的な話だ』
被害は最小限に抑えられる。
その上、レドモンドの雇った護衛と魔法省の捜査官から装備も強奪できるのだ。
「心配なら、そこらのチンピラでも雇えばいいよ」
『そこまでお膳立てされて、怖じ気付くのも格好がつかねえな』
アダムは愉快そうに笑う。
組織としては、輸送品を丸ごと手に入れられるなら問題ない。
『護衛依頼はもう達成している……と、そういう認識だが。レドモンドはまだ野放しだ。サービスでもしてくれるのか?』
「そっちはカルロが捕まえてくれるってさ」
クロガネの引き受けた依頼はあくまで"カルロが死なないように"というもの。
だが、その期限はネペリ支社までの話だ。
アダムは強奪品で大金を得られる。
クロガネは手を貸すことで分け前を得られる。
偶然そこに道が抉じ開けられていて、カルロが始末を付ける。
『かぁー、いいじゃねえか! 久々にドンパチやれるなぁッ!』
「交渉成立?」
『おぉ、合格点をくれてやる』
下手な演技だ、とクロガネは嘆息する。
茶番を用意したのはカルロでもレドモンドでもないらしい。
「詳細はカルロに送らせるから、戦力だけ適当に用意しておいて。日時は追って知らせる」
通信を切ると、呆れたように肩を竦めた。
File:情報処理端末
一般には指定された政府統一規格によるPC・携帯電話が使用されている。
設置型端末は『Pulse sorcery computer』略称はパソコン。
クロガネの住んでいた世界と極めて類似した構造になっている。