41話
「酷いことしやがる。コイツら全員、ここの研究員だ」
漏れなく白衣を身に付けている。
エーテルに汚染されて筋繊維が膨張、変形しているため元の外見は想像が付かない。
データベース内には書類の束が散乱した状態で放置されていた。
機器類も手付かずで運び出されていないようだったが、大半は悪食鬼によって破壊されている。
そして、デスクには元の世界のPCと類似した見た目の機械が並んでいる。
同じものだったとしても、クロガネ自身にそういった専門知識は無いためデータ解析までは不可能だろう。
「これだけで結構な額になりそうなもんだが……」
外部からの干渉を受けにくい機密室に、処理不可能な厄介事を押し込んで後回しにしたのだ。
魔物の発生は非常事態とはいえ、まるで子どものお片付けみたいだとカルロは肩を竦める。
「ま、記憶装置だけ拝借してとっととずらかるか」
処理用端末は破損が酷い。
必要なものだけ抜き出して持ち去った方が手っ取り早いだろう。
機械に詳しいのか、カルロは手際良く目当てのものを取り外す。
「こいつは煌回路記憶装置か。都合がいいぜ」
「どう違うの?」
連戦の後では、さすがに『解析』に余力を使う気は起きない。
どこからか情報を"引き出す"という特性上、他の魔法と比べて消耗が激しい。
「エクリプ・シスを動力源にしてる高級品だ。エーテルを使って仮想記憶メモリを構築するから、メインシステム以外からのデータ干渉ができない」
遠隔操作が利かない機密性の高い記憶装置だ、とカルロは要約する。
付け足しがなければ首を傾げてしまうところだった。
「コイツをアジトに持っていきゃ、レドモンドの野郎が何を企んでいるのか全部分かる」
カルロは満足げに懐に仕舞い込む。
他に目ぼしい物は無いか探し回っていると、クロガネがコンテナを指差す。
「……これ、中身が残ってる」
データベース内に取り残されていたのだろう。
放棄され、悪食鬼に埋め尽くされた状態では回収のしようもない。
入っていたのは淡い水色の物体――その中に、希薄なエーテル反応があった。
「エクリプ・シスだ。質は低いが……ああ、ここは魔法物質の精製場ってわけか」
カルロは納得したように頷く。
魔法物質の鉱脈を見付け、それを他者に悟られないように一帯を買い取ったのだろう。
バイオプラント培養は目隠しに過ぎない。
「なんでレドモンドが見つけられたの?」
「かなり深い場所だしな。ロムエ開拓区の地質検査にも引っ掛からなかったんだろうよ」
多額の費用をかけて、標準検査の対象外となる深さまで調べ尽くしたのだ。
エーテル公害が収まった区域では、何かしらの異変が生じているケースも珍しくない。
始めから目星を付けていて、確信を得てから買収に奔走したのだ。
レドモンドの手勢以外にこの場所を知る者はいない。
「輸送先を調べりゃ簡単にしっぽを掴める。問題は、ヤツの駒がどれだけいるかってところだが……」
資金源として魔法物質の鉱脈を持っているのだ。
傭兵だって幾らでも雇えるだろう。
「どっちにしても、アジトに戻るのが先だな」
カルロは少し息苦しそうにしていた。
これ以上の滞在は厳しい。
コンテナを物色して比較的質の良いエクリプ・シスを回収すると、二人はエレベーターから離脱する。
地上で即座に『探知』を行い――安全を確認できた。
車に乗り込んで、ようやく一息。
「さて、と。欲しい物は回収できたが……」
「この施設はどうするの?」
「それが問題なんだよ」
放置してしまえばレドモンドに気付かれてしまう。
徒花の監視がある内は問題ないとしても、一日と経たずにバレるのは間違いない。
「こればっかりは本部の指示を仰ぐしかねえな。コトが想定していた規模と違いすぎる」
カルロは少し気まずそうに通信端末を取り出す。
連絡するとなれば、アダムにも詳細を話す必要が出てくる。
誤魔化しが利くような相手ではない。
集めた証拠を手土産に、どうやってご機嫌取りをすればいいのか悩んでいた。
「厄介事を引き込んじまったからなぁ……」
「逆じゃないの?」
「んなわけあるかって。下手すりゃ魔法省に吊るされるところだったんだぞ」
疲れきった様子で、少しでも処罰を軽くしてもらうことだけを必死に考えている。
やはり交戦中以外での彼はポンコツだ、とクロガネは嘆息する。
「今この場で記憶装置のデータは読み取れる?」
「一部なら車に積んである端末でいけるが、暗号化されているような機密までは無理だな」
車内にはノートパソコン――当然ながら内部構造等は異なっているが、似たような物が置いてある。
クロガネが操作するには、キーボードの使用言語に差異があるため支障となるだろう。
さすがに解読までは出来ない……と、カルロは首を振る。
本部に持ち帰って解析しなければ、中身を覗き見ることは難しい。
「メールの履歴は?」
「それくらいなら……ちょっと確かめてみるか」
記憶装置をケーブルで繋いで手早く起動。
当然ながら、立ち上がる前にパスワードを要求された。
「……なあ、これどうやって」
「貸して」
クロガネはノートパソコンを強引に奪い取って、入力画面を凝視する。
何故だか突破可能な気がしていた。
これはデータを隠すためのセキュリティ――電子的な壁だ。
拡大解釈して力を行使してしまえばいい。
「――『破壊』」
画面にノイズが走り、次の瞬間にはホーム画面が表示される。
万象の破壊を司る魔女の遺物――"破壊の左腕"ならば、こういった芸当も可能としてしまう。
「魔女ってのは、本当に何でもアリだな」
これではセキュリティも何も無い。
情報技術者に今の光景を見せたらなら、徒労感に呆然と固まってしまうことだろう。
嘆息しつつ、メール履歴を開いてスクロールしていく。
File:破壊の左腕-page1
その力は物理的な破壊に留まらない。
彼女が望めば、概念として様々な事象に効果を及ぼすだろう。




