40話
「レドモンドの奴、何を企んでやがるんだ……?」
研究施設――随分と前に放棄されているらしく、机を指先でなぞれば埃が付着する。
内部の電気系統も既に遮断されていた。
懐中電灯を片手に構え、カルロは周囲を見渡す。
「エーテル濃度は平気?」
「少し息苦しいくらいだが……ま、ちょっと見て回る分には問題ないだろう」
この施設内は人間が滞在し続けられない状態だ。
計測器などがあれば、エーテル値は間違いなく"レッドナンバー"を示すはずだ。
「ライトは必要か?」
「いらない」
魔女になったことで視力も強化されたのだろうか。
この程度であれば特に支障は出ないらしい。
「積んであるコンテナを開けてみて」
指差した先にあるのは、クロガネが『探知』で内部を透かせなかったコンテナだ。
青みがかった独特の色をしているが、材質は金属に近いように見えた。
カルロはそれをじっと見つめ、驚いたように声を漏らす。
「……こいつは『静性メディ=アルミニウム』で作られてるのか」
「何それ?」
「魔法物質の一つだ。エーテルの遮断性に優れた金属で、対魔武器とかのコアにもよく使われているらしい」
カルロは愛用の銃を取り出して見せる。
色味はやや薄いものの、よく見れば黒い銃身に似たような青色が混ざっている。
「俺の『29-49Σ』もそうだ。まあコイツは炭素鋼と混ぜたモンだが……」
箱だけでもそれなりに値の張る代物だ。
わざわざ『静性メディ=アルミニウム』を用いたコンテナを用意するということは、運ぶ素材も魔法物質なのだろう。
「さて、開けてみるか――」
コンテナは厚みのある金属板によって作られている。
もしロックが掛けられていた場合は持ち帰るしかない――が、特にそうではないらしい。
蓋は簡単に開いた。
「……こいつはスカだな」
箱の中には何も入っていなかった。
放棄されて時間が経っているのだから、肝心の"ブツ"も運搬済みなのだろう。
開封作業は任せて、クロガネは周囲を見て回る。
カルロは引き続き他の箱を開けていくが、全て空の状態だった。
多少値の張るコンテナだけが無造作に置かれているのみ。
「収穫はナシか。ま、仕方ねえ」
嘆息しつつ、奥の部屋に視線を向ける。
ドアの前でクロガネが佇んでいた。
「コンテナは全部空だったが……何かあったか?」
「静かにして」
人差し指を立て、警戒した様子で見つめる。
中が見えずとも嫌な気配を感じていた。
ドア上部には"データベース"の文字。
削除されていなければ、作業記録や外部との通信履歴を見れるかもしれない。
「端末に情報が残ってるなら弄ってみたいところだが……」
罠が仕掛けられているとは思い難い。
研究施設内に最近誰かが立ち入ったような形跡は無かった。
もしそうまでして隠したい物があるならば、エレベーター自体が解体されている方が自然だろう。
何か理由があって放棄された。
この場所の特性を考えれば、おおよその見当が付いてしまう。
「……弾をくれ。礼は後日渡す」
証拠隠滅の恐れがある。
今でなければ、レドモンドの懐に潜り込めない。
「一箱ね」
クロガネは作り溜めていたマガジンを呼び出して渡す。
煙草と釣り合うような価値ではないが、どうせ使い道は同じなのだから問題ない。
装填を見届けると、クロガネはエーゲリッヒ・ブライを呼び出す。
さすがに素手で構えるのは危険だ。
「開けるよ」
電源が落ちているが、それなら蹴破ればいいだけ。
分厚い金属のドアを粉砕し――即座に『探知』をかける。
「――ッ!」
接近する反応に後方に退くも、相手は凄まじい勢いで飛び掛かってきた。
咄嗟に蹴り上げ、仰け反った隙に頭部を撃ち抜く。
「数は二十。全部同じ」
「了解だッ――」
飛び出してきたのは人間のような形をした――『悪食鬼』と呼ばれる愚者級の魔物だった。
クロガネが最初の機動試験で戦った相手でもある。
二人が子どもに見えてしまうほどの巨躯を誇る。
急所を正確に撃たなければ、銃弾程度の大きさでは足止めにもならないだろう。
襲い来る悪食鬼を最小限の動きで捌きつつ、確実に仕留めていく。
その合間を縫うように銃声が後方から響いていた。
「クソッ、化け物がうようよ居やがるッ――」
そこに恐怖の色は無い。
仕事に集中している間だけは、泣き言も浮かばないほど頭が冴えているらしい。
特製の弾があればカルロも比較的マシな戦力になる。
これまでの戦いで、射撃の腕は人並み以上にあるように思えた。
とはいえ、愚者級の魔物に接近を許してしまえば即死してしまう。
大人と赤子以上に身体能力の差があるのだ。
必然と正面はクロガネが受け持って、隙を突く形で援護射撃をすることになる。
「あと七ッ――」
「っしゃ、殺ってやるッ」
カルロは弾を撃ち尽くす勢いで乱射している。
高価な弾薬とはいえ、出し惜しみしている余裕は無い。
「――『装填』」
エーゲリッヒ・ブライを左右交互に『装填』させる。
両方同時に弾切れを起こしてしまうと命取りだ。
「これで――最後ッ!」
両膝を撃ち抜いて崩れ落ちたところに――高々と上げた足を振り下ろす。
脳天を踵で叩き割って潰した。
死屍累々、全て悪食鬼の亡骸だ。
その数こそ脅威だったが、連携を取って対処すれば問題ない。
「はぁー、これがマシな魔物なら素材で稼げるんだが……」
カルロは残念そうに肩を落とす。
人間が変異しただけでは、対魔武器の生体パーツに用いられるような部位は無い。
「……」
クロガネはカルロをじっと見つめる。
それなりに有用な男だ。
危険な現場で冷静さを欠かないほどの胆力を持っている。
状況を常に窺いながらの援護射撃は極めて正確で、クロガネの動きを阻まないようにという気遣いも感じられる。
マッド・カルテルの裏切りが発覚した際、アダムは後始末を付けるようにカルロに命令した。
名誉挽回の機会を与える程度には評価しているのだろう。
使い捨ての準構成員とは扱いに大きな差があった。
File:カルロ-page2
射撃の腕はそれなりに優秀。
愛用の銃『29-49Σ』にはシグという愛称を付けており、仕事を終える度に分解して整備している。




