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4話

「……っ」


 目を覚ます。

 眩しいくらい真っ白な天井を見て、悪夢から逃れられていないことを悟る。


 体に自由は無く、四肢を台に固定されて身動きが取れない。

 機動試験を終えたからといって休息が得られるわけではないらしい。


「予測を上回るPCMを検知。ふむ……興味深い」


 研究者がモニターを眺めながら男が呟く。

 そこに居るはずだというのに、顔を見ようとしても頭が働かない。


「……誰」

「一度目の機動試験で能力を扱えた者は初めてか。まして異邦人……」


 研究に没頭しているらしい。

 声をかけても反応は無く、ただ独り言を聞かされるだけの退屈な時間が続く。


 その声質に聞き覚えがあった。

 機動試験のアナウンスをしていた無機質な男性の声。

 拘束を外せたなら、殺せるだろうか。


「……」


 様子を窺いつつ、気付かれない程度に四肢を捻ってみる。

 当然ながら外れることはない。


 先ほどの魔法――銃を呼び出す能力はどうだろう。

 それならば、拘束されている状態でも手先だけで十分に狙える。

 悪食鬼の頑丈な体を穿つほどなのだから、ただの研究者一人なら容易に殺められる。


「『機式』――ッ!?」


 呼び出そうと念じ――酷い頭痛に呻く。

 頭が割れそうなほどで、必死に歯を噛み締めて耐えていると徐々に薄れていく。


 だが、その行いを咎めるように首筋にチクリとした痛みが走る。


「手間をかけさせるな」


 研究者は呆れたように一瞥すると、視線をモニターに戻す。

 無警戒といってもいいほどの扱いだった。


 召喚された際に取り付けられた首枷だろう。

 魔女を飼い慣らすための制御装置。

 力を持った万能感さえも、容易く捩じ伏せられ管理されてしまう。


 屈するつもりはない。

 睨み付けると、男はようやくクロガネに意識を向ける。


「ふむ――」


 男は静かに注射器を取り出すと、怪しげな液体で中を満たす。

 嫌な予感がした。


「何を――ぅあっ!」


 強引に投与された薬品が体内を巡る。

 痛みよりも恐怖が上回っていたが、それも徐々に薄れていく。


 感情を抑制する薬だ。

 気付いた時には殺意も恐怖も消え去って、何を思うこともなくモニターを眺める男から視線を逸らす。


――そんなはずはないッ!


 感情が爆ぜる。

 血が滲むほど歯を軋らせて、理不尽への怒りを思い出す。

 飼い慣らされるわけにはいかない。


「……こんな実験をして何になるの?」


 不愉快だと言わんばかりに問い掛けると、研究者の男は驚いたように振り返った。

 認識出来なかった顔も、徐々に鮮明になっていく。


「驚いたものだ。あの薬品は、大罪級にも十分な効果を及ぼすはずだが……」


 眼鏡を掛けた男――細かなシワを見るに四十代くらいだろうか。

 とても良い性格をしているようには見えない、冷徹な目と狡猾な口元をしている。

 白衣が汚れ、髪も乱れているのは研究者の性なのだろう。


「……この私を認識しているのか。高度な認識阻害を施しているはずだというのに」


 いずれにせよ、と男は続ける。


「実験体番号0040Δフォーティーデルタ――剥薬はくやくを投与されて尚も自我を保っていることはとても興味深いが、それは今後の機動試験において大きな枷となる」

「私が大人しく従い続けるとでも?」


 思い切り睨み付ける。

 いつまでも鎖に繋がれているつもりはない。


「思い上がるな。お前の生命は管理された上で成り立っている」


 首枷を指差して嘆息する。

 彼が指示を出せば、実験体など何時でも"処分"することが可能だ。


「その首輪はMED――疑似反魔力装置を内蔵している。機動試験以外で魔術を行使しようものなら、先程の薬剤が打ち込まれることになる」


 薬は首枷にも内蔵されている。

 反抗的な実験体も、感情を抑制することで従順なモルモットに作り替えるのだ。


「あの悪食鬼って奴も、そうやって作ったの?」

「あれは捕獲された検体――魔物だ。お前のような魔女とは存在の本質から異なっている」


 人間ではない、というような物言いだ。

 だが、その原型に人間らしい風貌が残っていたせいか、どうしてもクロガネは疑ってしまう。


「魔女は人間と同様の食生活を好むが、魔物は人の血肉を好む。知性を宿した生命体か否か、という差異も見られる」

「人間と動物の違いとそう変わらないってこと?」

「概ね間違いない」


 質問に対しては真摯に答えてくれるらしい。

 或いは、クロガネに実験体としての価値を見出だしたからか。


 この世界で生き延びるには、あまりにも知識が不足し過ぎている。

 現代日本と似ているようでいて、根本的な造りは極めて飛躍したファンタジーだ。

 僅かな問答からでも得られるものをかき集めなければならない。


「さて――準備は整った。始めるとしよう」

「何を……っ!?」


 頭上に大きな機械が現れる。

 宙吊りになった円形の機械には無数の腕が生えている。

 その先端には、切開するための刃物から薬品類まで様々なものが取り付けられていた。


「戦闘データから算出された数値を基に必要な施術を行う。肉体強度から治癒力、精神構造まで……遺物を十全に扱うには、生身の人間では負担が重すぎる」


 より良いデータを得るために――と、男は嗤う。

 何度か言葉を交わした程度で情を得られるようであれば、そもそも人間を実験動物になどしないだろう。


――耐えなければ。


 壊されてしまう。

 先程も、一瞬とはいえ薬品によって飼い慣らされるところだった。

 意思を強く持たなければ全てを失ってしまう。


 この男は、何らかの目的があって人工の魔女を作りたいらしい。

 研究計画の全てが魔女としての成長を促すものだ。


 耐えて、耐え抜いて、耐え続けて――。

 圧倒的な力を得た最後に、その行いを後悔させるよう反旗を翻す。


「どうか、失望させないでくれたまえ――」


 研究者の男は嗤う。

 今度の実験体は良いデータが取れそうだと。

File:エルバーム剥薬


市街地などで魔物が発生した際に鎮静剤として用いられる薬液。

対人間においては感情抑制、対魔女においては更に魔力抑制にも効力を持つ。

過剰な投与は精神汚染等の影響が危惧される。

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