39話
「ここは整備中の区画か? ご丁寧に目隠しまでして、地下に何を隠しているんだか」
フェンスに囲まれた、一見すると作業工程の最中にある場所。
隙間から覗けばバイオプラント培養室が幾つも並んでいる。
「培養は室内で?」
「ああ。地質条件さえ整っていれば、後はいくらでも管理が利くらしい」
気温、湿度から日照時間まで、科学的に全てを管理する。
唯一再現不可能なものが"土"だった。
「一定水準のエーテル割合……人の手で管理するのは不可能だって話だ」
「魔法物質を土に混ぜるとかは?」
「それもダメらしい。配合土を試しても、肥料みたいに上手く定着させられないんだとか」
半永久的に定着させられる魔法物質は貴重なのだ。
大気中に漂うエーテルを自然に吸収して溜め込むという性質。
それを様々なものに応用することで、魔法工学は発展を遂げ続けている。
「ここら一帯はエーテル公害で最近まで立ち入り禁止区域だったからな。長いこと汚染されてた地質が、偶然バイオプラントに適していたんだろうよ」
だからレドモンドも目敏く買い付けた……と、そこまで考えたところでふと思考が立ち止まる。
「……待てよ。それが表向きの話ってことなのか」
地下へ続くエレベーターは、その裏に隠されたものに繋がっているはずだ。
車を停車させ、窓から建物の様子を窺う。
「……中にエレベーターがある。警備は入口に二人、建物内に三人」
「了解だ」
カルロは残弾を確認する。
五人と撃ち合うには心許ない数で、好き放題に暴れる余裕はない。
「弾は温存しておいて」
クロガネも無駄玉をばらまけるほど余裕はない。
ネペリ支社での交戦で消耗が激しい。
「アンタに頼っちまっていいのか?」
「問題ない」
最小限の出力で仕留める。
ただの人間が相手ならどうにでもなるはずだ。
「戦闘は私が引き受ける。だから、証拠を確保するのに努めて」
「任された。だが、危ない時は援護する」
そう言いつつも、そんな状況には早々ならないだろうと嘆息する。
先ほど追い返した戦慄級『徒花』は、登録魔女の中でも五本の指に入るような実力者だ。
睨み合いで膠着状態に陥るなど本来なら有り得ない。
卓越した戦闘センスに、無慈悲な性格。
裏社会を渡り歩く無法魔女の中でも極一部の上澄みに入るかもしれない……と、そんな期待を抱いていた。
カルロにとっても実戦の中で学ばされることが多いほど。
「で、どうやって警備を突破するんだ?」
「私が先行する。銃声が途絶えてから十秒後に入ってきて」
増援を呼ばせるつもりはない。
手早く強襲をかけて制圧。
安全が確保されたなら、建物内は静まり返っているはずだ。
長引く場合の対応など聞く必要もないだろう。
カルロからは向けられた矢印は、既に十分な信頼が乗っている。
「それじゃ――」
ドアを開け、外に出た途端に駆け出す。
その手には銃さえ持っていない。
消耗を抑えるために『能力向上』のみ四肢に発動している。
疾走――その言葉がピッタリなほどに軽やかな足捌きだ。
カルロが窓から様子を窺っていると、入口で警備をしている内の一人が顎を蹴り飛ばされて昏倒、もう一人は頭を鷲掴みにされて壁に叩き付けられ崩れ落ちた。
後者は極めて運が良ければ、辛うじて生きているかもしれないといった状態だった。
そのまま施設内に突入していく。
幾つか銃声が響いて、情けない悲鳴が上がり――最後には静まり返る。
「おいおい、マジかよ……」
まともな撃ち合いにさえならない。
銃声も数えるほどしか聞こえなかった辺り、その暇を与えないくらい凄まじい勢いで制圧したのだろう。
カルロは律儀に十まで数え終えると降車する。
そして現場に近付いてみて、改めてクロガネの手際の良さに恐れ戦いてしまう。
入口の蹴り飛ばされた警備員は首が変に捻れて絶命。
壁に叩き付けられた警備員は顔が潰れて無惨に死んでいる。
建物内では、入口のカウンターで一人。
エレベーター前で二人が、同様に徒手空拳によってあっさり仕留められていた。
それを成したクロガネは涼しげで、もはや戦いとさえ認識していないように思えた。
「……そのエレベーターが地下深くまで通じてるのか?」
「そうみたい」
目の前まで来ても、未だに『探知』しきれない深さまで続いているようだった。
「……けど」
気掛かりなのは深部へ向かうほどエーテル濃度が高まっていることだ。
エーテル公害の影響は全て消え去ったわけではなく、あくまで居住区として地上が最低水準まで回復したにすぎない。
「エーテル濃度が高いと人間に害がある?」
「そうだな……継続的に浴びたり、高濃度のエーテルを吹き付けられたりしなければ大丈夫なはずだ」
地下全体のエーテル濃度までは予測出来ない。
さすがに魔物化するほどの濃度は残っていないだろうが、護衛対象のカルロに万が一があってはならない。
「……濃度が高いのか?」
不安そうに尋ねる。
クロガネの話を聞いて一つだけ危惧していることがあった。
予想を裏切ることは無く、さも当然のことのように告げられる。
「少しだけ。もしかしたら、地下に魔物がいるかもしれない」
「はは……勘弁してくれ」
カルロは疲れきった様子で呟く。
仕事柄、魔物に対抗するための訓練は受けていない。
あくまで彼は運び屋なのだ。
とはいえ、ここでしっかりと手柄を立てなければアダムが怖い。
「はぁー、やるしかねえよなぁ……ったく仕方ねえ」
当然ながら気乗りはしない。
せっかくネペリ支社から無事に生還したというのに、次は魔物の相手をさせられるかもしれないのだ。
アダムの顔が脳内に過らなければ逃げ出したいところだった。
二人はエレベーターに乗り、最深部へのボタンを押す。
ガコンと錆び付いたような鈍い音がして、徐々に降下し始めた。
「……落ちたりしないよな?」
「ビビりすぎ」
クロガネは『探知』で警戒を続ける。
地下深くまで伸びるエレベーター、その行き先で魔物と遭遇戦になる危険もある。
三十秒ほど経過して――クロガネが気付く。
「底が見えた。何かの施設……みたいになってる」
近付くにつれて全体像が鮮明になっていく。
特に目立つのは運搬用の小型コンテナだ。
どのような素材で出来ているのか、クロガネの『探知』でも内部を透かし見ることが出来ない。
「魔物はいるのか?」
「……反応は無い」
エーテル濃度はやや高い。
とはいえ、それは致命的な水準ではなく、エーテル公害の残滓が溜まっているのだろうと予想する。
「けど……見えない部屋がある」
エレベーターを降りた先の研究施設。
そこに隣接する一部屋には、どれだけ『探知』を掛けても箱状のシルエットとして写るだけだった。
「機密情報なんかが隠されてるのか?」
カルロの質問にも首を傾げるしか出来ない。
小型のコンテナもそうだが、これまで自分の魔法が弾かれた経験が無かった。
エレベーターはゆっくりと減速し始め――最深部に到着する。
ドアが開くと、そこには薄暗い大部屋が広がっていた。
File:エーテル公害-page2
エーテル値の高い地帯は立ち入り禁止区域に指定される。
一帯は魔物の発生や動植物の遺伝子異変の危険性が極めて高く、人間にとっても酸素欠乏や意識障害等の諸症状を起こしやすい。
内部で発生した魔物が居住区に移動することもあるため、封鎖した上で魔法省による警備網が敷かれることになる。