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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
1章

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38話

 どうにか車まで戻ると、二人はすぐにその場から離脱する。


 幸いにも増援は到着していない。

 近辺を『探知』して、安全なルートを割り出していく。


「あぁー、死ぬかと思った」


 運転席に座るカルロは安堵した様子だ。

 窮地を脱して一息、煙草を懐から取り出して火を付けようとする。


 すると、後部座席からクロガネが小突く。


「おっと悪い、煙草は嫌いだったか」


 バックミラーに映る目元は鋭い。

 仕事後の一服はまだ我慢――と、残念そうにため息を吐くも。


「違う」

「ん、なんだ?」

「それ、一本ちょうだい」


 消耗しきった体は倦怠感に苛まれている。

 そんな中で、何故だか煙草に興味が引かれていた。


「これ最後の一本なんだが」

「なら、さっきの弾薬返してよ」

「あー……分かった」


 以前運んだ"ブツ"ほどでないにしても、クロガネの特製弾は値付けするならかなりのものになる。

 煙草一本で釣り合いが取れるなら安いものだ。


 それに、後でアダムにでも請求されたら堪ったものではない。

 カルロは名残惜しそうに煙草とライターを手渡す。


「……味わってくれよ? 意外と高いんだぜ、それ」


 それを横暴だと言うつもりはない。

 不甲斐ないことに、カルロはここまでの間に助けられすぎている。

 報酬額に見合わない仕事をさせすぎては、ガレット・デ・ロワという組織全体の信用に傷が付く。


 それを煙草の一本で手打ちにしようというのだから、無法魔女アウトローの中では随分優しい方だろう。

 と、半分は合っているものの、もう半分はカルロの深読みが先行していた。


「……成人って何歳から?」

「十五だろ。それがどうしたんだ?」


 元の世界の常識が僅かに邪魔をしていたが、そんなことを考えても仕方がない。

 ここでは成人扱いだ。


 そもそも多くの殺人を犯している時点で、この程度は微々たる罪だろう。

 嘆息しつつ、ライターの蓋を開いて火を灯す。


「……」


 煙草を口に咥え、煙草の先端に火を近付ける。

 漂う白煙の中に甘いバニラが微かに香る。


 意外と甘い味なのだろうかと、煙を吸い込み――。


「……ッ」


 苦味が味覚と嗅覚を満たす。

 吸い方が乱暴だったのだろうかと、今度は煙を口に含むように――。


「……っ、はぁ」


 ゆっくりと深呼吸をするように。

 脳内が甘ったるいバニラの香りに満たされていく。

 微かに苦味も感じるが、それもまた良さを引き立たせている。


「気に入った。銘柄は?」

「ピスカだ」


 消耗による頭痛がじんわりと和らぐような感覚だ。

 倦怠感も薄れて思考が冴えていく。

 気休めになっているだけかもしれないが、何もしないよりずっとマシだろう。


 この煙草だけが効くのかも分からない。

 何故だか安心するようで、不可解ながら嫌いではない心地だった。


「これからどうするつもり?」

「筋書き通りにいかなかった。企業そのものが魔法省と連携しているようじゃどうしようもない」


 始めから事情を理解した上で、重役であるレドモンドを囮に使ったのだ。

 これまでの取引も全て信用を騙し得るため。

 完全に欺かれていたのだと。


「そうとも限らないよ」

「……どういうことだ?」


 随分と前から違和感が拭えずにいた。

 よく考えてみれば、不自然な一点が宙吊りにされたままだった。


「社長に見せたのは横流しの取引情報だけ?」

「ああ、そうだが……」


 証拠を叩き付けるため、無駄に手の込んだ書類を作ってしまった。

 それで謀略を返されてしまうのだから情けない限りだ。


「廃工場の無法魔女アウトローのことは?」

「……ッ、あぁ、そういうことか」


 確かに不自然だ、とカルロも気付く。

 なぜあの場に足止めとして現れたのが登録魔女でなく無法魔女アウトローなのか。


 串刺姫は捜査官を手に掛けて、さらにはガレット・デ・ロワへの導線となる輸送班さえ全滅させようとしていた。

 彼女も『外部から襲撃を受けたように"演出"してくれ』と指示を受けたことを自白している。


「レドモンドの汚職に勘付いた魔法省の連中が、その繋がりを利用してウチを吊り上げようとしていたって魂胆だったのか」


 詰めるべきは裏社会との繋がりだけではない。

 魔法省に背中から銃を向けられ、ガレット・デ・ロワにも前方から銃を向けられ……レドモンドは未だに何かを隠している。

 表向きは従順に振る舞っているものの、強欲な本性を持つ男が大人しくしていられるはずがない。


「――『探知』」


 ネペリ第一開発区域を選んだことにも理由があるはずだ。

 バイオプラントに関連しない"何か"を探るように、近辺に意識を巡らせる。


「……バイオプラントの培養に地下施設って必要ある?」

「いや、地質さえ揃っていれば要らないはずだが」

「そこ右折して」


 クロガネの指示通りにハンドルを切る。


「何を見付けたんだ?」

「地下に繋がる長いエレベーターがある……けど、深すぎてダメ」


 さすがに『探知』の範囲外だ。

 内部に乗り込まない限り、施設の全容までは把握できない。


「……今から行くつもりか?」


 カルロはバックミラー越しにクロガネの様子を窺う。

 先ほどの戦いでかなり消耗したように見える。


「地下施設のことも本社に隠しているなら、手薄な内に叩いた方がいい」


 培養場の構造を見るに、外部の人間に易々と見つかるような場所ではない。


 レドモンドも無警戒とはいかないだろう。

 だが、突破出来ないほどの警備体制になっているとは考え難い。


「そこを押さえて……もう一度、悪あがきの証拠を叩き付けてレドモンドを失脚させるってことか」

「そういうこと」


 状況から考えれば、レドモンドが魔法省に叩かれたのは横流しの件のみだ。

 さすがに現在進行形で行われている"第二の策"まで見逃されるとは思えない。


 串刺姫を雇って特級対魔弾の横取りを狙っていたことも、今回の地下施設も、レドモンド以外に知る者はいない。

 裏に大規模な企みが潜んでいる可能性が高かった。


「……っ、はぁ」


 堪能し終えた吸い殻を揺らすと、カルロが缶型の灰皿を差し出す。

 煙草のおかげか、一時的な休息としては十分なほど回復できた。


 近辺に脅威となるような反応は無い。

 魔女との遭遇だけ警戒すれば、今の状態でも大丈夫なはずだ。


 魔法省に割れると困るような施設ならば増援の心配もない。

 レドモンドも徒花に保護されて身動きが取れない。

 この好機を見逃すわけにはいかなかった。

File:ピスカ


カルロがたまに贅沢をしたい時に購入する煙草。

彼が半日働いてようやく一箱分(二十本)の稼ぎになる。

甘ったるいバニラフレーバーに、少しだけカラメルの苦味が混ざっている。

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