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37話

 大罪級捜査官――焔利えんりの能力は至極単純。

 手に火炎を纏って、炎弾を飛ばしたり近接戦闘を仕掛けたりする格闘スタイルだ。


「――いっくよー!」


 直接体に宿した魔法は反魔力による減衰を受けにくいらしい。

 火炎によって強化された拳は易々と壁や床を砕く。


 真正面から受けるのは危険だ。

 後方に飛んで距離を取る。


「……チッ」


 捜査官というだけあって近接戦闘も慣れている。

 研究施設で仕込まれたクロガネの格闘術は、体系化されたものではなく生存本能が生み出したものにすぎない。


 撃ち合いを重ねていく内に、彼我の力量差を感じ取る。

 この戦いに学べることは多いらしい。


「――『思考加速』『能力向上』」


 段階を踏んで、吸収出来る全てを出し尽くさせたい。

 この不愉快な世界の人間をじっくりと嬲り殺しにしたい。


 格下相手でも時間をかけて殺したいと考えていた。

 とはいえ、今回は悠長なことをしてしまうとカルロが死にかねない。

 出し惜しみしている暇は無い。


「――ッは!」


 瞬時に肉迫し、鋭い蹴りを放つ。

 その強烈な一撃を受けて焔利が呻くも、存外に反応は鈍い。

 内側に頑丈なプロテクターを仕込んでいるのだろう。


 反撃とばかりに焔利が回し蹴りを放ち――その延長線上を炎が薙ぎ払っていった。

 危険を察知して身を低くしていなければ負傷していたかもしれない。


 勢いをそのままに焔利はもう一度回し蹴りを放とうとして、クロガネの蹴りと交差する。


 身体能力を魔法で向上させた脚部で全力の一撃。

 先ほどの『思考加速』で、極限まで集中することによって視界はスローモーションのように変貌するのだ。

 足首の間接部分に狙いを定め、確実に機動力を奪う。


「――ぅあッ」


 左足をへし折った。

 そして、怯んだ隙を見逃すほど甘くもない。


「死ねッ――」


 休む暇も与えず、殺意を込めて連撃を放つ。

 確実に急所を狙って最短で仕留められるように――。


「――ッ、それはダメだって!」


 突然、炎が攻撃を阻むように前方を遮る。

 容赦無く攻撃を継続するも、焔利の体が炎を纏って拳打の衝撃を全て受け止めていた。


 反撃を警戒して距離を取り――『解析』する。


 背中から翼のように生えた炎。

 その効果か、地面から僅かに体を浮遊させている。


 先ほど窓から乱入してきたのはこの魔法によるものだろう。

 足を折ってもまだ動けるのは面倒極まりない。


「これで、あなたの攻撃は通じないんだから――ねッ!」


 翼を羽ばたかせると無数の火の矢が射出される。

 さすがに避けきれない――が、この威力なら問題はない。


 クロガネの支配領域内に入った途端、火の矢は反魔力によって押し潰される。


「――『装填』」


 その隙に、先ほど撃ち尽くしたペルレ・シュトライトに弾薬を補充――残り五発。

 大罪級相手でも十分な威力を発揮することだろう。


 銃口を向けると、焔利は咄嗟に翼を交差させてガードする。


「――っ、ぁああああッ!?」


 自ら立ち止まって的になってくれるのだから楽なものだ。

 翼を易々と撃ち抜いて、弾は焔利の脇腹を抉る。


 焔利も大罪級の魔女だ。

 自身より強い力を持つ敵と遭遇するような経験は無いのだろう。

 痛みに呻く姿を見るに、これほどの怪我を負うのは初めてらしい。


――それだけ生温い世界で育ってきたんだ。


 それは羨望ではなく侮蔑。

 クロガネは機動試験で幾度となく致命傷を受け、その度に様々な薬剤を投与されて命を繋ぎ止めてきた。

 殺し合いの場に出てきておいて、この程度で戦意を失うなど甘ったれている。


 死を恐れてか、再び引き金に指を添えると体を震わせてへたり込む。


「自分は絶対に死ぬことはない……とでも思ってたの?」


 残弾を全て叩き込むと、焔利はあっさりと絶命する。


 命なんてそんなものだ。

 どちらか片方が命を落として、もう片方が生き長らえるだけ。

 倒れた焔利を眺めて感傷に浸っている暇は無い。


 後方ではカルロが奮闘しているだろう――と、振り返ったところでクロガネは即座に駆け出す。

 カルロが捜査官の男に殴り飛ばされ、さらに馬乗りで追い討ちをかけられ制圧されかけていた。


 弾を補充している時間が惜しい。

 向上した身体能力だけでも、生身の人間が相手なら十分だ。


「――退いてッ」


 最高速での膝蹴りを、ジンは咄嗟に腕を交差させて受け止める。

 そこらの魔女でさえ苦悶する一撃によって、両腕の骨は容易く粉砕された。


「馬鹿なッ――」


 大罪級の捜査官が負けた。

 その事実が信じられないといった様子だった。


 ジンは大きく仰け反った状態になって、両腕も使い物にならない。

 隙だらけの胸ぐらを掴み上げ、奥の方に力任せに投げ捨てる。


 そうして、辛うじてカルロを奪還出来た。


「悪い、手間を掛けさせたな」

「……チッ」


 不愉快そうに視線を逸らす。

 事実として、足手まといにクロガネも辟易してきていた。

 これが護衛対象でなければとっくに処分している。


 前方を見据える。

 司令塔を失って、残ったのは捜査官が五人。

 その内の二名は非戦闘要員で、さすがに数の利は発揮出来なくなってきていた。


――頃合いだ。


 クロガネは残弾の無いペルレ・シュトライトの召喚を解除する。

 ここで『装填』する余裕が無いわけではないが、そろそろ退かなければ増援が来る危険がある。


 故に、ここらで強引に閉幕させる必要がある。

 大罪級の焔利を殺めたことで、それに足るだけの力を得られた。


「機式――"フェアレーター"」


 腕から先を覆うように装甲が生み出され、先端に向かって筒状に展開される。

 それは大砲のように厚く長く、そして凶悪な威力を誇る対魔兵器。


 用いるのは実弾ではなく、体内に溜め込んだ魔力――エーテルだ。


「――消えて」


 始めに静寂――次に鼓膜が破れるほどの轟音。

 撃ち出されたのは極大のエネルギー弾で、並べられたESS装置など意にも介さず消し飛ばす。


 凄まじい威力だった。

 たとえ生き延びられていたとしても、これでは瀕死の重傷は免れないだろう。


 殺戮の対価としては破格だ。

 現時点でこれならば、果たして原初の魔女が満足する頃にはどれだけの力を得られるのだろうか。


 と、万能感に酔いしれていた時。


「――ぁッ!?」


 激しく視界が明滅する。

 試し撃ちにしては、力を使いすぎて酷く消耗してしまったらしい。

 先ほどまでの戦闘でも魔法を使いすぎていた。


 側頭部を酷い頭痛が襲う。

 視界も歪むほどの目眩もあった。


 思わず壁に手を突いて呻く。


「おい、大丈夫か」

「……問題ない」


 心配そうに差し伸べられた手を払い除ける。

 この世界の人間に助けられたくない。


「ッ――『探知』」


 この状態でも警戒は怠らない。

 さすがにビル内部は全員の避難が済んでいるらしい。

 近辺にも特筆するような反応がないため、一先ず安全は確保されたようだった。


「車まで、敵の反応も罠もない……ッ。付いてきて」


 念のためエーゲリッヒ・ブライに持ち替えて先導する。

 フェアレーターは威力こそ高いが、あまりにも消耗が激しすぎる。

 使いどころを選ばなければ、戦いの最中に動けなくなりかねなかった。


 今回は運が良かっただけ。

 こういった気の緩みを消さなければ、次は命を落とすかもしれない。


 反省と収穫と、そして報復のために次の一手も考えなければならない。

 呑気に休んでいる暇は無かった。

File:『機式』フェアレーター


腕に装着する大砲型の武器。

砲撃時の出力は調節可能で、消耗を省みなければ威力に限界は無い。

他の機式シリーズと違いクロガネ自身の能力に強く依存した性能となる。

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