35話
クロガネが邪魔な遮蔽物を破壊して、無防備になった捜査官はカルロが仕留める。
役割分担としては至極単純で合理的だ。
「次ッ!」
その直後には別のESS装置が砕け散る。
二度目を警戒していたのか、待避するまでの時間は短い。
さすがにカルロも当てることが出来ず、別のESS装置の影に逃げられてしまった。
「クソッ、大人しく死んどけって」
カルロは悪態を吐くが、内心では緊張で死にそうなほどだった。
戦場での高揚が熱を帯びて恐怖を押し流しているが、それでもなお死が間近にあることを意識させられてしまう。
タイミングを一瞬でも誤れば、頭を撃ち抜かれて倒れていたのは自分の方だろう。
装填の間に撃ち返そうとして、柱の影から覗かせた顔のすぐ真横を弾が何度も通り抜けている。
準構成員の下っ端の内に命を落とさなかったのは、これほど危険な現場に回されなかったからに過ぎない。
「……チッ」
クロガネが舌打つ。
仕留められなかったこと事態に不満は無い。
カルロの射撃は確かに精度が高いのだが、それを上回る動きを相手がしているだけだ。
多人数の連携を崩すには、司令塔となる人物から片付けるのが一番だろう。
先ほど名乗りを上げた男――ジン・ミツルギ捜査官を殺すべきだ。
そこまで考えたところで、何かが『探知』に引っ掛かる。
警戒対象から除外していた"窓の外"に。
「伏せてッ――」
咄嗟に叫んで自分も身を低く屈める。
直後、ほんの数センチ上を炎が薙ぎ払っていった。
「クソッ、新手か!?」
カルロも辛うじて躱して、焦ったように周囲を警戒する。
捜査官の相手をするだけでも手一杯だった。
「――ちょっと、避けないでよ!」
窓を火炎で溶かして抉じ開け、スッと着地。
炎のように揺らめく鮮烈な赤髪に、紅玉のような目を爛々と輝かせた少女が乱入する。
新手の魔女が現れたのは二人の後方。
交戦中の捜査官と合わさって、挟撃を受ける形となってしまった。
「魔法省"魔女名簿"登録魔女、大罪級捜査官『焔利』――サクッと登場! あなたの罪を――」
名乗り口上を打ち消すように射撃を始める。
浮かれた輩に付き合っていられるほど暇ではない。
「……はぁ」
弾薬錬成で生み出したマガジンをカルロに投げ渡す。
幸いにも、カルロの使用している銃と口径が一致している。
通常の弾と比べれば、まだエーゲリッヒ・ブライ用の弾の方がESS装置に有効打を与えられるだろう。
「助かるッ」
「後は適当に自衛して――」
魔女の相手だけはクロガネにしか出来ない。
大罪級が相手となれば尚更だ。
彼女の命を糧にすれば、より"原初の魔女"の器が満たされる。
これまで殺めてきた中でマシなのは串刺姫くらいだ。
そろそろ腹を空かせているかもしれない。
前方のESS装置に向けて乱雑に銃撃――残弾を吐き出すと、クロガネは焔利に向けて一気に駆け出す。
◆◇◆◇◆
相手は七人、こちらは一人。
クロガネが思わぬ足止めをくらってしまったために、カルロ一人で捜査官たちを相手にしなければならない。
未だ背中を預けられるほどの信用をクロガネから得られていない……と、カルロも感じ取っている。
扱いはアダムに依頼された護衛対象でしかない。
とはいえ、この状況下ではさすがに盤面の駒として活用することを優先したのだろう。
投げ渡されたマガジンを見つめ、カルロは気を引き締め直す。
どうにかして、後方で魔女たちの決着が付くまで時間稼ぎをしなければならない。
「考えろ、考えるんだ――」
こういう時の俺は冴えている――と、命を全て期待に乗せて思案する。
一対多の撃ち合いでは時間稼ぎするのも難しい。
「クソッ――どうにかするしかねえ」
渡されたマガジンを装填――引き金に指を掛ける。
威力に期待は出来るが、無意味な射撃は命取りになる。
全ての行動に意味を持たせる。
弾の一発から呼吸、瞬きまで、勝利に繋がるように丁寧に道筋を描くのだ。
敵はESS装置が遮蔽物として頼りないことを理解している。
右前方には殉職した三人を隠すようにして展開、残りの捜査官たちは反対側に上手く散らばって交互に撃ってきていた。
どうにも感情的な相手が多い。
カルロは呆れつつも、捜査官になるような人間は皆そうなのだろうと納得する。
彼らは執行官へ出世ルートを辿るようなエリート集団なのだ。
精神面の適性検査も行われていることだろう。
心に正義が根付いているか、真偽官によって確かめることも出来るのだから。
「ったく……俺は本当に汚れてるな」
正攻法で殺り合うつもりは無い。
命を懸けるなら生存率が高い選択肢にベットするべきだ。
やはり俺は悪党に向いてる――と、呆れたように口角を持ち上げた。
File:大罪級『焔利』
魔法省本部所属"魔女名簿"登録魔女、特務部不管理魔女特殊処置課第二類捜査官。
第一類は人間、第二類は魔女という括りになっている。
本人は長い肩書きを覚えるのを諦めているため、その都度で好きに名乗っている。




