34話
「――こちらは魔法省特務部、特殊組織犯罪対策課捜査官ジン・ミツルギだ。大人しく投降すれば危害は加えないと約束する」
率先して先頭に立ち、投降を呼び掛ける。
黒髪短髪の青年――ジンは緊張した面持ちで反応を窺う。
「……あのバカ野郎が」
後方に立っていた中年の捜査官が呆れたように嘆息する。
既に戦闘が始まっている状況で、今さら呼び掛けに応じるような愚か者はいないだろう。
特殊組織犯罪対策課――魔法省の中でも、特に犯罪シンジケート等の取り締まりを目的とした執行部。
能力検査の各項目において一定水準を満たさない者は入れないエリート集団だ。
戦闘訓練に重きを置いたこの集団は、将来的には執行官に昇進することになる。
常に命を危険な場所に晒さなければならないため、そこまで生き残る者は数える程度にしか存在しない。
中でも部隊を率いているジン捜査官は、こと戦闘において際立つ才覚の持ち主だった。
「十数えるまでに返答がなければ、戦意有りとみなして攻撃を開始する――」
一、ニ、三……と、声を張り上げるように数えていく。
だが、それを待たずに銃声が響いた。
分厚い金属製のドアを容易く撃ち抜いて、弾はジンの側頭部を僅かに掠める。
「……射撃開始ッ!」
非常階段から身を踊り出すと、懐からサイコロ状の小さな機械を複数取り出して通路に放り投げる。
機械は地面にぶつかると棒状に伸び、さらに天井に向かって緑色の透き通った板を出現させた。
「ESS装置起動ッ――通路に展開しろ!」
即席の遮蔽物を生み出し、捜査官たちが通路に飛び出していく。
これを利用すれば、数の差も合わさって銃撃戦を有利に進められるはずだ。
瞬く間に制圧出来る――そう確信していたはずだった。
◆◇◆◇◆
「……アレは?」
「ESSだ。小型だが、対物ライフルでも弾かれる優れモンだな」
銃撃戦に応じつつ、カルロは質問にも答える。
明らかに相手の方が有利な状況だが、こちら側には、あの程度の人数で押し潰すには不可能な"個"がいる。
「そう」
試しとばかりにエーゲリッヒ・ブライを構え、マガジンの弾薬を全て吐き出させる。
ESSの障壁はバチバチと音を立てて明滅していたが、割れずに耐えきっている。
「――『装填』」
弾の予備は湿気るほどある。
カルロは軽装だが、無闇に撃って弾切れさせるような真似はしないだろう。
その気になれば弾薬を譲ることも不可能ではない。
威力も上がって撃ち合いも有利になるはずだが、それをするにはカルロの信用が不足している。
「なぁ、どうやって突破するんだ」
階段側は完全に封鎖されてしまった。
エレベーターも既に電力供給が遮断されているようで、ライトが点灯していない。
「飛び降りれば?」
「さすがに勘弁してくれ――っと」
捜査官の一人が頭部から血を噴いて倒れる。
完全なラッキーショットだったが、カルロは誇らしげに功績を指差して喜ぶ。
「おぉ、俺もやればできるもんだ」
「集中して」
二人は通路の壁から凸状に飛び出した柱部分を遮蔽物にしている。
場所も把握されている状態では、撃ってくれと言っているようなものだろう。
相手の練度は高い。
これまでの捜査官も射撃の腕前は悪くなかったが、こうして素早く作戦を遂行する瞬発力までは無かった。
一瞬でも隙を見せれば距離を詰められてしまう。
連携に優れている――と、カルロは感心していた。
普段から行動を共にしているのだろうという推測は、おおよそ間違いないはずだ。
「全員相手にする必要はない。半分くらい間引いたら突破する」
「なら、通路正面より階段側の奴を狙うべきだな」
通路には遮蔽物に隠れた五人と、反対側の壁を遮蔽物にした二人。
非常階段に捜査官が二人……こちらは支援要員だろう。
と、様子を窺っていると捜査官の一人が何かを投げてきた。
「気をつけろ、ソイツは――」
二人の後方に転がっていき、起動。
球状の小型MED――疑似反魔力装置だ。
「……へえ」
確かに作動しているようだが、特に力の減衰を受けるような感覚はない。
想定された対象に大罪級以上は含まれていないらしい。
並みの人間でも対魔武器を用いれば咎人級までは倒せるのだろう。
廃工場内で串刺姫が圧倒的だったのは、その場にいた捜査官が対魔女戦闘を想定した特殊装備を持っていなかっただけに過ぎない。
改めて『解析』を行う。
装備の全てを入念に、特にESS装置には興味が引かれる。
であれば――と、クロガネはペルレ・シュトライトに持ち替える。
エーゲリッヒ・ブライの手数の多さを捨てるのは、撃ち合いをする上で不利なはずだった。
「どうする気だ?」
「力押しで叩き潰すッ――」
引き金を引く。
ESS装置の障壁が激しく明滅するも、消滅せずに耐えている。
「おい、割れてないぞ」
「アレは残存エネルギーでシールドを維持してるだけ」
もう一度弾を撃ち込むと、ついに障壁が砕け散る。
遮蔽物が消えたことで捜査官の一人が無防備になった。
「――ッ!」
捜査官の一人が何かを必死に叫んで、守るように射線を遮ろうとする。
当然ながら好機を見逃すはずもない。
クロガネは牽制に他のESS装置を撃ち、その場をカルロに任せる。
「仲良く死んどけッ――」
彼らは連携に優れている――それだけ意志疎通に事欠かない関係性なのだろう。
行動を共にするほど、非常事態の際に間抜けな行動をしてしまう。
遮蔽物を失ったのは新人と思しき女性捜査官で、庇っているのは三十代半ばくらいの男性捜査官だ。
先輩と後輩の信頼関係に見えるが、それ以上に親密な仲なのかは不明だ。
「二つ取ったッ――」
何人か捜査官が悲痛に叫んでいたが関係無い。
この場を切り抜けなければ死ぬのは自分達の方なのだから。
File:ESS装置
『Eclip-Sys shield』通称ESS装置
魔法物質エクリプ・シスを動力として魔法障壁を生み出す機械。
小型のESSは弾除けの即席遮蔽物として使用され、交戦中に有利な状況を生み出すことが可能。