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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
7章

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331/331

331話

――ゾーリア商業区東部、セーフハウス。


 今夜はなぜか、中心部にある本拠地に戻る気にはなれなかった。

 弾痕だらけの天井を見つめながら、クロガネは仰向けで安物のパイプベッドに寝転がっている。


「……」


 同郷の少女を殺めてしまったことに動揺してしまっている。

 これまでは"自分と関わりのない世界"の存在だから命を奪うという行為から目を逸らせていた。

 どれだけ手に掛けても関心の無いフリをすることができていた。


 だが今回は、自分と何ら変わらない境遇の少女だった。

 違いがあるとすれば運が良かったかどうかくらい。

 

 これでは殺人行為を否定できない。

 この選択をせざるを得なかったという事情はあるが、かといって自分の手を汚したという事実は覆せない。


――自分は殺人者だ。


 否定しようのない現実に嫌気が差す。

 これは、同郷の少女を殺めたこと自体に感情が揺さぶられているわけではない。


――これまで殺してきた相手と何ら変わらなかった。


 目的のために排除した。

 それは普段通りの行動で、あの男から提示された報酬のためにやっただけのこと。


 もう染み付いてしまった思考は変えられない。

 元の世界に戻ったとして、経験してきた殺し屋としての記憶が消せるわけがない。

 きっと事あるごとに"殺せばいい"なんて考えが浮かんでしまうはずだ。


 体を起こして、ベッドから離れる。

 壁に立て掛けられた鏡には薄着で立っている自分の姿が映っていた。


 冷めた表情かおをして自分自身を見つめている。

 瞳の奥では、とても年頃の少女が持つはずがない強烈な殺気が揺らめいている。


「そんな顔で……」


 本当に元の生活に戻れるのだろうか。

 そんな事を考えてしまうくらいには弱っているらしい。


 嫌な考えを振り払うようにポケットに手を伸ばす。

 だが、そこには煙草の空箱があるだけ。

 そんなことで気を紛らわそうとする自分にも腹が立ちつつ、仕入れが遅れていることにも苛立ちが募る。


 ストレスを吐き出すように荒くため息をつく。

 気になることは多いが、少なくとも自分はよくやっている。

 常に完璧を求める必要はない。


 嫌な考えを振り払おうとしても、思考がぐるぐると定まらない。

 心につっかえたどうしようもない感情を吐き出したかったが、


「よ~っす」

「――ッ!?」


 声の方向に即座に銃を向ける。

 何の音も気配もなく、クロガネのセーフハウスに入り込んできたらしい。


「あれ、驚かせちゃったかな? ごめんね~」


 当の本人は悪びれもせずにへらと笑う。

 普段通りのゴシックパンクな服装で、体をゆらゆらとご機嫌な様子で揺らしている。


「……裏懺悔」


 クロガネはその顔をじっと見つめる。

 右も左もわからない自分に裏社会の手引きをしてくれた少女。

 原初の魔女から解放してくれた恩人でもある。


 彼女はこの世界にとって"異物"だ。

 それも、異なる世界から呼び出されただけの自分など比にもならないほどに。


「最近会ってくれないからさみしくて来ちゃったよ~」

「暇じゃないから」


 元の世界に戻ることだけを考えていればいい。

 余計な親交を挟んでいる時間は無い。

 なぜか自分に好意を抱いているようだが、彼女の本心は誰にも分からない。


 気持ちを落ち着かせたらチェリモッドに連絡を取るつもりだった。

 雑な対応をしていい相手ではないが、今は構っている暇はない。


「ちぇー、せっかくいいものを持ってきたのにな~」


 そう言いながら、裏懺悔は口を尖らせる。

 どこかの店で買ってきたのか、ケーキ箱を持っている。


「そんなことのために来たの?」

「今のキミにはこれが一番必要かなって思ってさ~」


 興味を引くように勿体振った様子で箱を指でなぞる。

 用が済むまで帰るつもりはないらしい。

 観念したように嘆息すると、裏懺悔は嬉しそうに笑顔を見せる。


「さーてさて、箱の中身はな~にかな?」


 箱を開けると、中には果物で彩られたタルトがあった。

 瑞々しい果実と甘いクリームの香りがクロガネの目を惹きつける。


「おいしそうだよねー。ほら、一緒に食べようよ~」


 裏懺悔が指をくるりと回す。

 どこからか皿とフォークがテーブルに現れ、いつの間にか切り分けられたタルトが盛られていた。


 既に裏懺悔のペースだ。

 満足するまで帰るつもりはないらしい。

 本気で拒めば追い払えるかもしれないが、このタイミングで安らぐ時間を持ってきた彼女を拒絶することもできない。


「……」


 クロガネは黙って裏懺悔を見つめる。

 無邪気な顔をして、切り分けられたタルトに目を輝かせている。


「覚えてるかな? 前に一緒に行ったお店だよ~」


 ケーキ箱にはコーヒーカップのロゴと、その下には喫茶店の名前が書いてある。

 喫茶店『タンティ・バーチ』――裏懺悔のお気に入りだ。


「テイクアウトしてきたけど、コーヒーも買えばよかったかな~」

「……はぁ」


 気が抜けてしまう相手だ。

 これだけの力を持っているのに、それで何かをしようというわけでもない。

 彼女が望めば何だってできるはずだというのに。


 それが羨ましく感じてしまう。

 これだけ資金と戦力を集めても、まだ統一政府カリギュラの掌握には程遠い。

 裏懺悔であれば気まぐれに遊びに行くだけで従えられるはずだ。


「それとも、裏懺悔ちゃんの方を食べたかったりして?」

「興味ない」

「そんなぁ~」


 悪戯っぽく上目遣いでこちらを見つめてきたが即答で否定する。

 内心では興味がないわけでもなかったが、さすがに手を出すにはリスクが大きすぎる。


 裏懺悔は間違いなくこの世界で最も恐ろしい存在だ。

 その魔力量は底が見えず、クロガネから見てどうにもならないほどの脅威さえ遊び半分に消し去ってしまうほど。


 性的な接触――それこそ、キス程度でも魔力を奪うことができる。

 普段は魔力欠乏の解決手段でしかなく、最近はクロガネ自身の魔力量も増えたため多用しなくなった。


 だが、それでも。


「裏懺悔ちゃんのこと、好きにしていいのにな~?」


 こちらの思考を透視したかのように小悪魔が微笑む。


 誘うように魔力を纏って、キスをせがむように顔を近付けてくる。

 甘えるような仕草だが甘やかすような言葉を吐いて。


「……コーヒー、淹れるから」


 支配から逃れるように立ち上がって、クロガネは雑に置かれていたインスタントコーヒーの瓶を手に取る。

 セーフハウスには家電を置いていないためお湯は鍋で沸かすしかない。


 強大な魔力には惹かれてしまう。

 きっと他の魔女が自分に興味を示すのもそのせいだろうと考えていた。


 魔女としての格が高いほど、他の魔女は従属を望むように感じてしまう。

 人間相手には恐らく通じない。

 魔女同士では未だ解明されていない生態があるのだろう。


 現に今、裏懺悔の誘いに理性を奪われかけていた。

 彼女の魔力に絡め取られた瞬間、理性が働かなければ呑まれていた可能性が高い。


 絶対的な存在の庇護下に入って甘やかされる。

 そんな弱者の生き方に揺らいでしまうほど、今日は調子が崩れていたようだ。


「ちぇー……そしたら砂糖たくさん入れてほしいな~」

「砂糖もミルクも置いてないから」


 それを自覚してしまえば後は簡単だ。

 普段通りの自分――殺し屋であり、シンジケートの首領である自分を思い出すだけでいい。

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