33話
「てめえッ、魔法省と繋がってやがったのか!」
カルロは激怒しつつ、これが余裕の正体だったのかと納得する。
始めから魔法省とグルで、その上でガレット・デ・ロワと繋がりを持とうとしていたのかと。
登録魔女の手を借りられるのであれば、訪問者の一人や二人など相手にならない。
戦慄級の魔女を用意している辺り、魔法省もガレット・デ・ロワ潰しに本気なのだろう。
特に徒花は奇襲専門で知られている。
「どうしたんだね、カルロ。そちら側にも戦慄級の魔女がいるのだろう?」
「……クソッ」
全て仕組まれていた。
レドモンドの汚職が魔法省の指示であれば、手に持った紙束も意味を成さない。
本部に緊急信号を出すべき状況だ。
だが、銃口を逸らす余裕がカルロには無い。
「さて、徒花。彼らを捕縛するのだろう?」
「そのつもりだ」
戦慄級の猛威を存分に振るって、抵抗する意思を奪ってから拘束する。
自死を選ぶような手合いでなければ無傷で捕らえられるだろう。
だが――。
「死ねッ――」
空間が爆ぜるように、応接室の壁が吹き飛ぶ。
それを成したのはクロガネだ。
手に握っているのは大型のライフル――ペルレ・シュトライト。
弾丸の危険性を瞬時に察したのか、徒花は大きく体を反らして躱していた。
「……レドモンド、今すぐセキュリティを招集してくれ」
「人手が必要かね?」
「弾除けが、な」
待機していた警備員たちがドアを破って雪崩れ込もうとして――それを迎え撃つようにカルロが銃を発砲した。
「冗談じゃねえ、クソッ」
見積もりが甘すぎたと自責しつつも、仕事はしっかりと果たす。
人間相手の撃ち合いは得意だ。
捜査官ならともかく、今回は武器を携帯しているだけの警備員。
命を惜しんで突入出来ないように、入室した最初の一人をヘッドショットで仕留めていた。
「応戦してると敵が増えるッ。一旦退くぞ」
「……分かった」
徒花は仕掛けてこない。
レドモンドとヴァルマンを逃がせるように転移の準備に集中しているらしい。
彼女自身と合わせて三つの転移魔法を待機させている。
それ以上は何もせず、こちらの様子を窺っていた。
同時に攻撃を仕掛けるには威力が落ちてしまう。
あまり意識を割かずに発動したとして、豆鉄砲ではクロガネの反魔力を突破できないと分かっているのだろう。
殺し合いになれば勝敗は予想が付かない。
そして、互いに警護を優先しなければならない状況だ。
カルロ自体に思い入れはないが、しくじればアダムからの信用を失ってしまう。
――次は殺す。
殺意を隠そうともせず、クロガネは意識だけ徒花に向ける。
さすがに部屋の入口に銃を向けなければカルロを守ることは出来ない。
部屋の外だけではない。
どうやら、先ほどの転移と同時に魔法省の捜査官たちもビル内部に乗り込んできていた。
「……チッ」
互いに膠着状態だ。
この場で徒花に仕掛けて勝ったとして、その頃にはカルロが死んでいる。
徒花からしても同様の結果になるのは目に見えている。
転移を黙って見送るしかないのだ。
これ以上に不愉快なことはない。
「去らばだ、無法魔女。次は全力で殺し合えることを願っている――」
そして、姿が掻き消える。
直後にはエーゲリッヒ・ブライに持ち替えて、部屋の入口とカルロの間に割り入る。
「先行するからついてきて」
「ああ、頼らせてもらう――ッ」
増援自体は問題ないが、逃走用の車両を押さえられるのは不味い。
幸いにも相手は戦闘支援を優先しているらしく、エレベーターから上がってくる様子を『察知』する。
「邪魔ッ――」
もぐら叩きのように顔を出す警備員に苛立ち、通路側の壁に駆け寄って――鋭い蹴りで壁を破る。
遺物に眠る"破壊"の力を自分自身に付与させた形だ。
遮蔽物ごと蹴り飛ばし、吹き飛んだ瓦礫によって隠れていた警備員たちを一気に叩く。
破片が突き刺さって悶える者もいたが、直後には頭を撃ち抜かれて絶命する。
「……馬鹿げてやがる」
カルロは呆然とその光景を見ていた。
背中を守る必要も無い。
強大な力を持つ魔女にとって、人間の援護など不要なのだろう。
――ハッタリのつもりだったが、本当に戦慄級なのか?
アダムに気に入られるだけのことはある、と納得する。
もし事実なら、頭を空にして命を預けてもいいくらいの用心棒だ。
「下から魔法省の捜査官が来てる。早くして」
「あ、あぁ。分かってる」
それでも裏社会で生きてきた矜持が彼にもある。
手入れを欠かさないほど愛用している銃を構えて後ろからついていく。
「何人だ?」
「エレベーターから五人、非常階段から十人」
逃げ場を作らせないように、ビル内部を下から封鎖していくつもりらしい。
エレベーターもすぐに電力供給を遮断されるだろう……と、カルロは苦々しく歯を軋らせる。
「……多いな。足止めはいるか?」
「必要ない」
階段側はまだ時間に猶予がある。
鍛えられた捜査官といえど、さすがに三十五階の高層ビルを駆け上がるのは難しいのだろう。
もしくは、逃げられることを想定して罠を仕掛けている可能性も考えられる。
「……」
エレベーター前まで先回りして、クロガネはペルレ・シュトライトに持ち替える。
わざわざ狭い場所に固まってくれているのだから利用しない手はない。
三十三、三十四――三十五。
到着を示すライトが点滅すると、ドアが開くことも待たずに引き金を引く。
威力を重視して生み出されたこの銃によって――エレベーター内は酷く拉げて血塗れになった。
「容赦ねえな……」
犬死にするにしても程がある。
カルロは嘆息するが、こういった現場に身を置く以上、命は軽く吹き飛ぶものだと理解していた。
この世界は力が全てだ。
権力も暴力も、共通して弱者を捻り潰すために存在している。
戦慄級の魔女にでもなれば自由を謳歌できるのだろうか……などと下らないことを考えてしまう。
「階段で降りるしかねえな。殺れそうか?」
「問題ない」
敵の居場所が手に取るように分かるのだ。
徒花のような瞬間移動能力は別として、大抵の敵には奇襲される恐れがないのは強みだろう。
頭を覗かせたところを容赦なく殺してしまえばいい。
そう思っていたが、捜査官は最初に階段の非常ドアを開けて遮蔽物を作り、こちらに声を掛けてきた。
File:カルロ愛用の銃
『29-49Σ』トゥーナインフォーナイン・シグマ
耐久性に優れており、対魔弾の使用も想定された実戦向きなハンドガン。
取り回しの利く大きさで、扱いやすい代わりに通常弾での威力は平凡。




