328話
上級-刀剣型対魔武器『透徹』は極めてシンプルな魔法を帯びている。
不可視の刀身――即ちエーテルを用いた光学迷彩を纏っているのだ。
そういった能力を持つ魔物の素材を利用しているのだろう。
「……」
剣を構える腕にはあまり力が入っていないように見える。
脱力できる程度に軽いのであれば薄刃で一撃の重さは警戒するまでもない。
取り回しの利く得物、そして装甲も軽装のように見える。
ラバースーツに似たバトルスーツを全身に着ているが性能は不明だ。
相手は姿勢を低くして攻撃の構えを取り――。
「――行きます」
宣言と同時にその場から掻き消える。
直前に見えたのは、左右にゆらゆらと体を揺らす姿のみ。
視界には踏み込みの跡が残っているのみ。
微かな殺気を頼りに、クロガネは半ば直感に任せて回避行動を取る。
同時に、クロガネの真横で風切音がした。
一瞬で距離を詰められていたらしい。
「初撃から躱されてしまいましたか」
指揮官の女性が嘆息する。
だが、その声色はむしろ嬉々としている。
「ですが――」
脱力し、だらりと腕を伸ばして剣を揺らす。
剣は恐らく地面に限りなく近い位置で水平に構えられている。
「――見えていないようですね?」
再びその姿が掻き消える。
視認できなければ正確に対処することは不可能だ。
こちらの意表を突く形で死角に入ったのだろう。
体系化された一般的な格闘術とは異なる身のこなしと、それを補助しているであろうバトルスーツの性能。
両方が合わさることで、目で追えないほどの動きを可能としている。
同時に襲い掛かってきた隊員たちが目眩ましとなって、指揮官の姿を捉えることができない。
夜間の戦闘ということもあって視界も悪い。
「チッ――」
クロガネは包囲されることを嫌うように後方に下がりつつ、銃撃で隊員たちの足止めを行う。
半端な貫通力では彼らの持つESSシールドを破れない。
それこそ、彼らが捨て駒として利用されたなら押し返す手段は現状持ち合わせていない。
幸い、接敵した場所が開けた大通りだったため距離を取ることはできる。
指揮官さえ見付けられれば対処の仕様はあるはずだ。
だが対処法に辿り着く前に、
「……っ!」
指揮官が唐突に現れる。
視認した時には既に剣を振るう直前だった。
咄嗟に防ごうとするも、タイミングが合わせられず左肩に痛みが走る。
傷は浅い。
上級とはいえ特殊な効果を持っているだけで、殺傷能力は普通の剣と変わらないようだ。
姿を現した指揮官に攻撃を仕掛けるも、間合いの読めない『透徹』の刃がクロガネの攻勢を削いでいた。
迂闊に近付けば手痛い反撃を貰いかねないからだ。
本来であれば、再び姿を見失う前に近接戦闘に持ち込みたいが――。
「邪魔ッ――」
それを阻むために隊員たちがいる。
機動試験で鍛えられているクロガネは、銃の腕前だけでなく近接戦闘にも長けている。
経緯はともかく、こちらを標的と認識している部隊がそれを知らないはずがない。
携帯型のESSシールドを構えながら突進されてしまうと、今のクロガネでは突破する手段を持ち合わせていない。
無理やり抑え込まれないように後退するしか選択肢がなかった。
その隙に指揮官が姿を眩ませる。
隊員たちや物陰を利用しつつ身を隠し、再び奇襲の機会を窺っているようだ。
そうでなくとも、真正面から対峙していても唐突に死角に潜り込める技量の持ち主だ。
この状況で指揮官の姿を捉えることは困難だ。
MER装置による阻害がなければ『探知』や『思考加速』で見つけられるが、今はこの状況下で目の前の敵を倒す必要がある。
指揮官に気を取られてしまえば、今度は隊員に包囲されて動きを制限されてしまう。
敵から視線を逸らしすぎても命取りだ。
やれる事が限られている中で、ふと気付く。
「……」
視界と足音の数が合わない。
クロガネは左右に視線を揺らしながら、迫る隊員たちの動きを観察する。
正規軍は皆が統一された訓練を受けているため、模範的な近接戦闘の動きを再現している。
――この規則的なリズムから逸脱した足音を探るべきだ。
視覚情報と合わない不規則な音こそ指揮官の足音だ。
隊員たちに銃撃と蹴りで応戦しつつ、その中に混ざり込む音の中に。
「……ッ!」
第六感が危険を激しく知らせている。
逸脱した足音が、これまでよりほんの僅かだが強くなったような気がした。
それに身を任せて体を反らすと、不可視の剣が後方からクロガネの脇腹を掠めていった。
「――見つけた」
同時に、クロガネが笑みを浮かべる。
こういった手合いには、多少のリスクを取ってでも反撃を狙った方がいい。
即座に敵の体勢を予想して銃撃を行う。
自動展開されるESSシールドによって阻まれるが、そんな事は些細な問題だ。
ここまでの戦闘はクロガネにとって単なる様子見でしかない。
奇襲に特化した剣術。
予測し難い動きで死角に回り込むことを得意とし、得物自体も不可視の刀身を持つ。
真正面から殺り合うにも危険は伴う。
だが、恐らく彼女自身の殺しの技術の方が本命だ。
対魔武器にも視覚的な危険性を感じさせられるが、あるいはそれさえも陽動の一部かもしれない。
武器としての性能も厄介だが補助的な要素が強いようだ。
真正面から銃弾を浴びせれば相手は守りに入らざるを得ない。
動きを阻害し、足を止められてしまった指揮官の頭部に回し蹴りを叩き込む。
「がッ――!?」
ヘルメットは頑丈だがESSシールドは展開されなかった。
バトルスーツの付属品ではないらしい。
強化ガラスに大きくヒビが入るほどの蹴りが直撃する。
それ自体は辛うじて耐えたようだが、頭部を揺さぶられた衝撃でふらついて転倒してしまう。
厄介な指揮官さえ倒してしまえば脅威ではない。
残りの隊員たちを手早く始末していると、よろめきながら立ち上がる姿が見えた。
「これで終わり?」
そこにクロガネが銃を突き付ける。
戦術を見極めてしまえばこれ以上は得られるものもない。
彼女の戦闘スタイルには多少楽しめたが、かといって命の危険を感じるほどでもなかった。
「……完敗です」
そう呟いた彼女に、クロガネは興味を失ったように銃を降ろす。
指揮官に追撃を加えることもしない。
「なら――こんな茶番は終わりにして、目的を教えてくれる?」




