320話
ゾーリア商業区の各地で事件が多発していた。
銃を持った者が無差別殺人を繰り広げ、所属の不明な密売人や娼婦が情報を引き抜いている。
どれだけ警戒態勢を強化してもキリが無い状況だった。
首領であるクロガネは用事のため外出中。
屍姫とロウも戦力増強のため外出中。
そんな中で、マクガレーノは部下を引き連れて対応に奔走していた。
「もー、何でアタシだけ留守番なのよ~」
こういう時に限って面倒事が多発している。
クロガネや幹部二人の不在も、敵側に情報が漏れている可能性が高い。
商業区東部に位置している小規模なコンテナヤード。
軍務局との交戦で荒れ果ててしまい、今では放棄されている場所ではあるが、纏まった人数の捕虜を押し込むくらいは出来る。
「困っちゃうわよ、本当に」
外部から送り込まれてきた刺客たち。
老若男女を問わず、様々な手段を用いてゾーリア商業区に被害を出していた。
大半は素人と変わりない。
だが、捕まえても命乞いも何もせず。
この状況下でもう一足掻きでもしそうな目でこちらをじっと見ている。
過去を洗ったところで何も足取りが掴めない。
路頭に迷い、人目の無い場所で身を寄せ合っているだけの三等市民なのだから当然だ。
経歴が不明では捕まえたところで証明にはならない。
確証はないが、確信を持って言える。
「アナタたち、あの女に操られているわね?」
自分の意思で動いているようには思えない。
素人がこんな目付きをしているはずがない。
不自然さが気になって仕方がない。
トリリアム教会について、粗方のことは既に調査を終えている。
表向きは慈善事業に務める宗教団体だ。
過激な教義なども見当たらず、今の社会体制に即した無害な集団とされている。
黒い噂がないというわけではない。
ユリンホーフ居住区では人が失踪する事件が幾つも報告されている。
トリリアム教会が関与している証拠は無いが、彼女たちのシマに踏み入るような組織も周辺には存在していない。
だというのに、魔法省による捜査は一切行われていない。
体制側の上層部と繋がりを持っている可能性は高い。
装備の質を考えればCEMか政府のどちらかだろうと予想していた。
「無理やりにでも吐かせないといけないようね」
あまり美しいやり方じゃない、と肩を竦めつつ。
マクガレーノは部下に用意させていた注射器を受け取る。
中には自白剤が充填されている。
「答えたくないなら、いつまでも口を閉ざしていればいいわ」
いずれにしても、目の前の刺客たちを見逃すつもりはない。
情報を吐くのが先か、過剰な投与によって廃人になるのが先か。
楽に死ねるか否かの違いでしかない。
有益な情報を得られるとは思えないが、たとえ僅かでも取りこぼすようなことはしたくなかった。
捨て駒とはいえ一切の情報を与えられていないわけではない。
少なくとも、現在多発している事件について対処法を講じられるだろう。
それに、こうして彼らが尋問されることをトリリアム教会が嫌うのであれば――。
「――MED装置起動」
そう呟いて、マクガレーノが振り返る。
視線の先では口封じに来たらしい無法魔女が手を翳していた。
「なっ、まさか――」
困惑しながら無法魔女が手を引っ込め、物陰に身を隠す。
魔法を使おうとしていたようだ。
捕らえられている者たちを一掃できる程度には出力にも自信があるのだろう。
愚者級くらいだろう……そう考えていると奥から銃声が響いて、慌てた様子で無法魔女が転がり出てきた。
彼女の背後には予め部下を配置している。
「あーら、なかなか可愛い顔してるじゃない」
襲撃者の顔をじっくりと見つめながら呟く。
能力を封じられた状態でも抵抗の姿勢を崩さない。
離脱の機会を窺いつつも、こちらに牙を剥く隙も探っている。
その威勢は悪くない。
「一応教えてあげるけれど、アナタ罠に掛かったのよ」
その意思を削ぐように告げる。
この場の出来事は全てマクガレーノの掌の上にある。
これだけ分かりやすく刺客たちを連行してきたのだ。
トリリアム教会に情報が流れるのも当然。
その上で、マクガレーノはより多くの情報を持つ刺客を釣り上げるためにコンテナヤードを利用していた。
雇われただけの部外者とはいえ、汚れ仕事を生業とする無法魔女が情報を全く持っていないとは考え難い。
素人と違って最小限の共有は受けているはずだ。
依頼者について事前に下調べをしているようであれば尚更良い。
少女は警戒した様子でこちらを見据えている。
依頼を達成せずに逃げ出せば、トリリアム教会からの追及は免れない。
それこそ自分が口封じのために消されかねない状況だ。
だが、武装した計三十人の構成員による包囲から脱出することは不可能と言っていい。
ここで取り逃がすような生温い鍛え方はされていない。
無法魔女の視線が素早く左右に動いて、マクガレーノに定められる。
MED装置はマクガレーノが携帯しているため、この窮地を切り抜けるには狙わざるを得ない。
だが、この場で最も隙がないのも彼女だ。
当然だ。
魔女だろうと能力が使えなければ脅威ではない。
ただ身体能力が高いだけの少女を相手に手こずるつもりはない。
マクガレーノは足元に落ちていた手頃な鉄パイプを拾い上げてウインクする。
「投降するなら早めがいいわよ? 可愛い顔が台無しになる前に、ね」




