32話
「横槍を入れた無法魔女の言葉を鵜呑みにされてしまうようでは……我々も誠意を示し足りなかったようだ」
「しらばっくれてんじゃねえよ」
カルロは持参した紙束の中から一枚取り出して突き付ける。
そこにあるのは、とある口座の取引情報だった。
「串刺姫の口座はウチが押さえてある。随分な大金をコイツに振り込んでるみたいだが……まさか、これも偶然なんてつまらない言い訳はしないよな?」
ガレット・デ・ロワの情報部に協力を仰いで調査させた、ここ最近の取引情報一覧だ。
易々と言い逃れをさせるつもりはない。
「ふむ、そうか……」
さすがに観念するだろう、とカルロは確信していた。
もし往生際悪く暴れたとしてもクロガネが制圧するだけだ。
「それで、君は裏切り者をどうするつもりだね」
「この紙束が見えるか? これはアンタが裏社会と繋がっていた証拠だ」
魔法省にリークしてまで輸送中の品を奪おうとしたのだ。
彼に利用価値を見出だした何処かの組織が裏に潜んでいることは間違いない。
「取引情報……だが、君たちも危険なのでは?」
「ここから先は完全に導線が途絶えてる。辿れはしないさ」
口座そのものを知られたところで意味は無い。
内部資金は既に足が付かない方法で移されており、残されているのは不審な口座とレドモンド名義の送金先だ。
薬品類を横流しした日付も記されている。
詳細に調べれば不正を行った情報がいくらでも出てくるだろう。
「俺たちを売った報いは受けてもらうぜ」
危うく魔法省に輸送中の品を奪われ、さらに構成員まで捕まるところだった。
どれだけ口が固くとも、エルバーム剥薬等を投与されれば簡単に情報を吐いてしまうだろう。
レドモンドの欲は留まる所を知らない。
ここまま身内に置いておくには危険な輩だ。
ガレット・デ・ロワの壊滅を企むような裏切り者には制裁を与えなければ。
ドアがノックされる。
「入ってくれ」
「ええ、失礼させてもらいましょう」
老齢の男――温厚そうな笑みを浮かべているのは、アルケミー製薬株式会社の代表取締役ヴァルマン・レセス。
制裁のため、カルロが事前に声を掛けていたのだ。
「さて、社長さんよ。アンタのところの部下は、裏社会で厄介事を手土産にしたいらしい」
用意していた紙束を渡す。
そこには汚職の証拠となるものが様々に並べ連ねてあり……当然ながら、薬品類の横領も記載されている。
「これはまた、随分なことですねぇ……」
一通り資料を眺め、ヴァルマンは嘆息する。
欲掻いた結果、犯罪シンジケートの恨みまで買ってしまったのだから目も当てられない。
「本来なら飼い主に落とし前をつけさせるのが裏社会のルールなんだが……今回は、ソイツの首で手打ちにしてもいい」
「ふーむ、そういうことでしたら……」
地位と名誉を剥奪して、裸で社会に放り出すのだ。
汚職によって失脚した人物を拾うような会社は無いだろう。
その先に待っているのは破産だ。
大量の借金に潰れたら最後――その身分は三等市民に落ちることになる。
「酒の肴にしてた三等市民に仲間入りだ。なあ、喜べよレドモンド」
そこで報復が終わるはずもない。
法に守られないところまで落ちた彼を、アダムは容赦なく拉致することだろう。
手順を踏むのだ。
ただ殺せばいいというわけではない。
決して魔法省に嗅ぎ付けられないように、そして、組織の威光を示すように。
「血肉の一片までボスに活用してもらえるんだ、ありがたく――」
「レドモンド支部長」
言葉を遮って、ヴァルマンは紙束を持って歩み寄る。
そしてそれを突き付けるようにレドモンドに見せ――勢いよく破り捨てた。
「なっ――」
どういうことだ、とカルロが驚愕する。
当初の想定と違う動きだ。
「君は詰めが甘いね」
レドモンドが嗤う。
こうなることを始めから知っていたかのように。
その傍らでヴァルマンも肩を竦めていた。
どうやら、茶番を仕組んでいたのは相手の方らしい。
「……カルロ」
クロガネが口を開く。
先ほどまでの違和感は異変に取って代わり、明確な危険を察知していた。
「敵が"湧いて"来る――」
ビル内部にいた警備員は二十人。
常に『探知』し続けて位置を把握していたが、こちらの様子を窺っているだけで攻め込んでこない。
室内に小さな歪みが生じ――次の瞬間には、渦を巻くように空間が捻れて一人の女性が現れた。
腰まで伸びた煌びやかな金髪を揺らし、碧く透き通るような瞳でカルロを見つめている。
「――貴様がガレット・デ・ロワの構成員だな? 悪いがこの場で捕縛させてもらう」
魔女だ。
反魔力圏内に現れたことを考えるに、お遊びで嬲れるような雑魚ではない。
間のテーブルを蹴り上げて視界を塞ぎ、即座にエーゲリッヒ・ブライを呼び出して――発砲。
「無法魔女か、面白い」
威力は不十分だった。
牽制も程々に、ソファーの後ろから跳躍して魔女に襲い掛かる。
だが、その姿は掻き消えて、いつの間にかレドモンドたちの後方に移っていた。
「……チッ」
先ほどの能力は『空間転移』――もしかすれば、より幅広く空間に作用させられるのかもしれない。
いまいち手札が見えない相手だ。
相手もクロガネを警戒している様子だった。
魔女同士の戦いになると、PCM値の差が勝敗を決めてしまうケースが多い。
現時点でどちらが有利なのか測りかねているらしい。
「……徒花だ」
カルロは銃を構えつつ警戒した様子で呟く。
緊張からか声もかすれ気味だった。
「戦慄級『徒花』……魔法省の登録魔女だッ」
厄介な敵に捕捉されてしまった。
カルロは憤った様子でレドモンドを睨み付ける。
File:ヴァルマン・レセス
アルケミー製薬株式会社の代表取締役。
『アルケミー製造』創業者テルミッド・レセスの玄孫で、先代までの魔法工学分野から大きく方向転換。
医療大学で学んできた知識と魔法工学でのノウハウを活かして高度な成分抽出を可能とし、競合大手と比べても遜色無い薬品類の精製に成功した。




