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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
7章

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318/331

318話

 不快な浮遊感と酩酊、視界の暗転。

 それは少女の人生において体験したことのない感覚だった。


 ただ、強烈な恐怖だけが脳を支配していた。


 嫌な予感がしてならない。

 だが抵抗する手段もない。

 底無し沼に沈むような絶望感を抱いて、次に目を開けた時。


『――実験体の意識が覚醒。試式メディ=プラント施術に移行する』


 無感情な男の声。

 なぜだか顔を上手く認識できないが、きっと凍えるような冷たい目をしている……そんな気がした。


 思えば、まだそこまでは正気を保てていたのかもしれない。

 直後に施術が始まった。


 悪夢の始まりだ。

 腹部を切り開かれた時、自分が危険な状況に置かれているのだとようやく気付いた。

 そして恐怖から泣き叫んで手術を止めるよう懇願した。


――どうして、病気をしているわけでもないのに。


 理解が及ぶ相手ではないと知ったのは、翌日意識を取り戻してからのことだった。



   ◆◇◆◇◆



 地下空間には、どこまでも昏い闇が広がっていた。

 酷く濁ったエーテルで満たされている。


 エーテル値を計測する必要はない。

 肌で感じられるだけでも馬鹿げた数値であることが分かる。

 ここまで危険な場所は他にない……と、クロガネが警戒する。


「アルケー戦域を知っているか?」


 ユーガスマが尋ねる。

 知識としては、クロガネが知っていることは一般に広まっている範囲と大差ない。


 だが、彼はその場所をよく知っている。


「ここは、エーテル濃度だけならばあの場所に匹敵する」


 地上で最も危険な場所といえば、誰もがアルケー戦域のことを思い浮かべるだろう。

 一帯を満たす高濃度のエーテルによって凶悪な魔物が大量発生している。

 

 そんな場所を例えに出したことには理由がある。


「……魔物がいない」


 クロガネが呟く。

 C-5区画での事変からだいぶ時間が経っている。

 にも関わらず、この場所には全く魔物の姿が見えない。


 そんな事は有り得ない。

 警戒しつつ暗闇に目を凝らすと。


 開放された隔壁の向こうから漏れ出す光が、散乱する魔物の死骸を微かに照らしていた。


「――ッ!」


 暗闇の奥に一つ。

 これまで感じたことのない気配があった。


 項垂れて地べたに座り込む少女が独り。

 頑丈な首枷に何本もの太い鎖で繋がれて。

 爛々と殺気に光る、濁った目でこちらを見据えている。


『……来ちゃったんだね』


 少女の周囲には激しいノイズが走っている。

 間違いなく"悪魔堕ち"のようだ。

 

「さっきから鬱陶しく殺気を向けてきたのはあんた?」


 クロガネが銃を構える。

 繰り返し、警告するように何度も殺気を向けられていた。


『そうだよ』


 鎖をジャラリと鳴らす。

 首枷のせいで、この地下空間内でも行動を制限されているらしい。

 魔物が発生したとしても逃げ場は無い。


『だってさぁ――』


 少女がゆっくりと立ち上がる。

 もはや服と呼べないような布切れを纏っているが、その肢体の大半が露わになっている。

 そんな事を気にしている様子もない。


 その蒼い眼に宿る感情は――歓喜。


 首枷のロックが解除される。

 今、この時間だけ彼女は自由を得た。


 魔物培養槽に閉じ込められて身動きもろくに取れなかった。

 襲い来る魔物を退けながら、その血肉を啜って生き長らえてきた。

 そうしてまで命を繋いできた。


『――来たら、殺しちゃうから』


 少女の身体から昏い魔力が立ち昇る。

 その量も脅威だったが、それ以上に――。


「原初の魔女ッ……」


 背中に『創造』の羽を生やし、手元には『破壊』の力を纏っている。

 少女は紛うことなき"悪魔"の姿をしていた。


 それだけではない。


《――実験体0012Δトゥウェルブデルタへの戦闘支援を開始します》


 外部から――このセクタβベータに残存する煌学エネルギーが少女の身体に供給されていく。


 見覚えのあるエーテルの流れ。

 かつてアグニが見せたラプラスシステムによる戦闘支援と同様、彼女も遠隔で強化されているようだ。


「欲張りすぎ」


 あの男らしいふざけた研究だ……と呆れつつ、


――『解析』


『探るのやめて、気持ち悪い』

「ッぁ――」


 強引に魔法を解除され、クロガネが反動リバウンドに呻く。


 それが意味するところはただ一つ。

 目の前の悪魔は自分より格上の存在ということだ。

 魔力量に大きな差がなければ、ここまで完全な阻害はできない。


「……チッ」


 ほとんど何も得られなかった。

 その中で唯一、有用な情報があるとすれば。


――少なくとも、この"悪魔堕ち"に原初の魔女との繋がりはない。

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