315話
――固定観念に囚われてはいないか?
ユーガスマの指摘には心当たりがあった。
悪夢のような機動試験の中。
眼前に迫る化け物に抵抗する手段を求めて。
殺し合いと無縁の生活をしてきた少女に、あの時点で想像できる範囲で強いものといえば"銃"くらいだった。
機式シリーズは強力だ。
エーゲリッヒ・ブライを始め、状況に応じて具現化された数々の武器。
これまで多くの窮地を救われてきた。
その扱いに慣れるため実弾銃も触れるようになった。
銃という物に対する理解を深め、イメージの正確性を高めたことで機式自体の性能も安定した。
裏社会において"禍つ黒鉄"という殺し屋を象徴するシンボルでもあったため、余計に銃としての扱いに拘っていたのかもしれない。
だが、魔法とは物理法則に縛られない現象だ。
銃として使う事と、銃であることを求めるのは全く別の話になる。
単純な考え方でいい。
クロガネの持つ『破壊』の魔力は絶大な力を誇る。
それを行使する媒介としての機構を用意すれば、それ以上の事は考えなくていいはずだ。
機式"ペルレ・シュトライト"は貫通力の高い弾丸を撃ち出す。
そういう魔法だ。
「はぁ――」
ユーガスマの言う通りだ。
いつの間にか、回りくどい魔力の使い方をするようになっていたらしい。
超常現象に詳しい説明を求めることは無意味だ。
元の世界の常識に考えを引っ張られていたかもしれない、とクロガネは機式という概念を見詰め直す。
目の前の敵を排除したい。
ESSシールドを破れるような貫通力の高い弾丸が必要だ。
そうして弾丸を生み出すのではなく、機式を通じてイメージを具現化させるように――。
「ッ――」
トリガーを引く。
先ほどと同程度の魔力を用いた一撃は、今度こそESSシールドを穿つ。
同時に駆け出して、
「はぁッ――!」
大きく跳躍して、身を捻るように勢いを付けて頭部を蹴り付ける。
魔力によって強化された一撃は、シールドを失った機械兵の装甲を拉げさせ機能を停止させる。
求めるべきは現象であって理論ではない。
魔法工学と魔法は別物だ。
「今のは悪くない」
「どうも」
イメージ一つで威力が大幅に変化する。
銃としての精密さを求めた機式は、事前に弾薬錬成を行うことによって継戦能力に優れている上に、魔法を行使するために余計な思考のリソースを割く必要もない。
ただトリガーを引くだけで敵を殺せる。
手軽な代わりに、一定以上の威力を引き出すことはできない。
そういう意味でいえば、機式"フェアレーター"のようなエネルギー砲は込めた魔力の分だけ『破壊』の力に変換して放出する単純さだ。
自分にしては素直な方だったかもしれない。
そんな事を考えつつ、残りの機械兵を順番に仕留めていく。
十分な気付きを得られた――そう判断したユーガスマが再び加勢する。
厳重なセキュリティだが二人の歩みを阻めるほどでもない。
それから一分と経たずに、少なくともこちらに駆け付けた機械兵を全滅させる。
「……」
真横で戦う様子を見ていたからこそ、改めて思い知る。
ユーガスマは別格だ。
そして、そんな彼を以てしても、この世界で複雑に絡み合う悪意を払い切れない。
「どうした?」
「そんなに強いのに、どうして統一政府に制御されていたの?」
制御装置は完全ではない。
抑圧しきれない強い意志を彼が持てば綻びが生じる。
黎明の杜の基地で遭遇した際の状況がそうだった。
「……ラプラスシステムだ。アレが私を有用な駒として認めたが故に、議員たちによって妨害を受けることになってしまった」
人体改造においては最高傑作ともいうべき存在。
いかなる魔女も魔物も、彼を向かわせれば容易に制圧可能だ。
そんな彼を自由に操る事ができるなら。
同じ立場であれば、クロガネも同様の選択をしていたかもしれない。
それほどまでに彼の力は常軌を逸している。
だが、ユーガスマは知っている。
彼の拳でさえ、ラプラスシステムの戦闘補助を前にしては届かなかった。
完全に防がれるほどではないが、それでも十分な威力とは言い難い。
「ラプラスシステムについて教えて」
クロガネが問う。
少なくとも、これまでの調査ではほとんど手がかりを得られていない。
どこに存在していて、どのような仕組みで成り立っているのかさえ不明だ。
「……私も詳しい情報は持ち合わせていない。恐らく、知っている範囲に差はないだろう」
ユーガスマが首を振る。
彼もまた、秘匿された機密に手を伸ばそうとした者の一人だ。
だが……と、ユーガスマは続ける。
「知人が何か知っているかもしれない」
「その人物は何者なの?」
「チェリモッド・ゲヘナ――魔法工学の権威で、ラプラスシステムに関与した事もある技術者だ」
聞き覚えのある名前だ。
クロガネは自身の脳内から記憶を辿る。
「……一望監視制管理社会の理論を提唱した研究者」
「知っているようだな」
ユーガスマは考える素振りを見せる。
紹介すればチェリモッドを危険に巻き込むリスクがある。
統一政府なら必ず嗅ぎ付けるはずだ。
「奴は身を隠している。本来ならば、連絡もあまり取るべきではないが……」
周囲に監視カメラがないことを確認して、懐から紙とペンを取り出す。
手早くメモを書き記してクロガネに握らせた。
「ラプラスシステムについて何かしら情報を持っていることは間違いない。知り過ぎてしまったが故に、表に出られないのだろう」
今の状況では頼らざるを得ない。
一片でも有益な情報を持っているなら縋りたいというのが本音だった。
ユーガスマ自身でなくクロガネに託す理由があるとすれば一つ。
「……そう」
対価としてカラミティで匿ってほしいということだろう。
拠点と戦力を持つクロガネと違い、彼は単独で復讐のために動いている。
身の安全を保証することもできないのに、まさか情報だけ聞き出して放置するような不義理を彼が選べるはずがない。
もちろん、有益な情報が得られたならユーガスマにも共有するつもりだ。
彼との協力関係は何よりも価値がある。
メモ書きを軽く一瞥し、そのまま手元に魔力を集めて跡形もなく『破壊』する。
もう情報は頭に叩き込んだ。
ほんの僅かだが、先に進むための手掛かりを得られたかもしれない。