310話
エーテルに汚染された土地では生物・無生物を問わず魔物化することがある。
発生は予測が困難であるため、区画一帯を封鎖することで外部への流出を防いでいる。
エーテル公害によって封鎖されている場所だけではない。
何もない居住区であっても、エーテル濃度が高まってしまうことがある。
その逆もあるのだが極めて稀なケースだ。
魔物が発生する場合、その脅威度は周辺のエーテル値に比例する。
アルケー戦域のような過酷な環境下においては、統一政府や魔法省から大規模な戦力を派遣することで管理されている。
その中でも、直近で目立つ魔物発生が置きた場所――エスレペス北工業区域のC-5区画。
未だエーテル公害の元凶が排除されていないため、隔壁の内部は極めて高いエーテル値を示している。
「この場所ならきっといい感じの魔物が見つかるわね!」
色差魔が嬉々とした様子で胸を張る。
隔壁の向こう側には、今も魔物が跋扈する危険な環境が広がっている。
当時の様子からして、目当ての強力な魔物も多数発生していることだろう。
「……そのようですね」
思っていたよりも危険な場所に案内された、と屍姫は気を引き締める。
この先は魔法省の捜査官たちが多数命を落とした場所。
強力な対魔武器を所持していても通用しないような過酷な環境になっている。
連れてきたのは"名付き"の駒――ナイトを引き連れている。
全身を覆う白銀の鎧。
右手には長剣を携えている騎士の姿をしており、屍姫が現在使役している中では最も強力なアンデッドだ。
「それにしても、強い魔物を使役したいだなんて。そんなに厄介な相手なの?」
「あのロウ・ガルチェが敗走したほどの力量はあるようなので」
抗争に関して言えば彼の腕は本物だ。
少なくとも、その一点だけはクロガネから認められている。
ハスカを引き連れていたとなれば大半の相手は脅威にならない。
それだけ敵の武装と能力が厄介だったのだろう。
魔物の支配権を奪おうとしてくるのであれば、多少なりと抵抗できるアンデッドを使役しなければならない。
ロウの報告書を読む限りでは、その少女は大罪級相当の力がある。
屍姫の能力だけでなく魔物自体にも反魔力が発生する。
黒鬼たちが抗えたなら、同水準のアンデッドを揃えれば対抗できるはずだ。
「確かにやれる人だとは思うけどさー。せっかくなら、あたしを選んでくれてもよかったのに」
色差魔が口を尖らせる。
カラミティ結成にあたってクロガネが直々に声を掛けた者たち。
その中に彼女は入っていなかった。
個人として見れば色差魔は優秀だ。
屍姫から見ても、やはり実績面では文句の付けようがない。
無法魔女として裏社会を生き抜いてきたことは、単に運が良いというだけではない。
だが、一つ欠点を挙げるなら。
「クロガネ様は従順な手駒を欲しがっていらしたので」
「えー、そうかなぁ」
クロガネはそういった人間を避ける傾向にある。
目標に向けて淡々と仕事をこなすだけ。
深い人間関係を煩わしく思っているらしく、幹部たちともあまり交友関係を持たないようにしている。
色差魔は強い意思を持っている。
手元に置いているとコントロールすることが難しい上に、相手の事情に強く踏み込んでしまう。
クロガネが求めている手駒とは真逆のタイプだろう。
「それに、貴女では夜の相手も務まらないでしょう?」
「え、夜って?」
色差魔はぽかんとした顔で聞き返す。
予想通り、意味が通じていないようだ。
「そうですね。例えば――」
耳元で夜伽の仕方を囁く。
これまで屍姫が経験してきた内容だ。
「え、あ……」
聞いている内に色差魔の顔が真っ赤に染まっていく。
説明されてようやく意味を理解したようだ。
内容を想像するだけで脳がオーバーヒートしてしまいそうだった。
「し、したいけど……ちょっと恥ずかしい、かなー……」
体をもじもじさせながら言う。
興味がないわけではないが、それ以上に羞恥心が勝るらしい。
「クロガネ様が用事で外出していない限りは、毎晩可愛がっていただけます」
「ま、毎晩……?」
「寝室に付き添って、そのまま――」
「ちょ、ストップ!」
話を再開しようとすると、色差魔がわたわたと慌てふためいて静止する。
流石にからかいすぎたようだ。
「けれど、クロガネ様の手駒になるということはこういうことですから」
そんな日々が堪らなく心地よい。
退屈せず、飽きもせず。
充実した刺激的な人生を過ごせている。
これから先も、クロガネの期待に応えられるように。
そのためにこの場所を訪れている。
「それで、この隔壁はどのように?」
「実は抜け道があって……えっと、ここをこうして」
色差魔が慣れた手つきで隔壁を操作する。
どうやら非常時用の脱出口のようだ。
「こうすれば……開いた!」
封鎖区域内への道が開かれる。
ドヤ顔で振り返る色差魔を適当に流しつつ、屍姫はC-5区画に足を踏み入れる。




