306話
「ガンガンいきますよ――っと」
攻め時と判断したミラが距離を詰める。
地面を容易く粉砕し、直撃せずともエーテルの奔流が意識を揺さぶる。
雑に振り回しているだけでも脅威だ。
自身は特級対魔武器の猛威を振るいつつも、周囲の魔物を操って確実に追い詰めていく。
このまま戦い続けてもこちらが圧倒的に不利だ。
ハスカは一対一に特化した戦闘技能を持っている。
多数に取り囲まれても対応は可能だが、ミラが同程度の力を持っているため意識を逸らす余裕はない。
可能な限り横槍が入らないようにする必要がある。
敵の勢いは衰えるどころか増すばかり。
このままいけば、物量に呑まれることになってしまうだろう。
そう思っていたようだったが――。
「……おや?」
ミラが戦況の変化を察知する。
魔物の包囲網が弱まって、余裕の出てきたハスカの動きも良くなってきている。
「やはり凄まじい威力だ」
弾薬を惜しんでいられる状況ではない。
ロウは火薬式のものから"別のもの"に切り替えていた。
マガジンにはクロガネが生み出した特殊弾が装填されている。
使用の判断は個々人に委ねられているが、あまり頼りすぎるべきでもないと温存していた。
その威力は語るまでもない。
狙いを定めてトリガーを引く。
急所を狙わずとも、弾丸が帯びている『破壊』の力が着弾と共に炸裂するため容易に始末できる。
先ほどミラが言っていた"力を振るう悦び"に、内心で同意しつつ黙々と魔物の排除を進める。
魔物を処理する速度が追い付いている。
一撃で仕留められるのだから、銃を扱い慣れているロウが使用すれば効果は覿面だ。
「いいものを持ってますねえ」
弾丸はかなりのエーテル量を帯びている。
低級の魔物に使うには過ぎた代物だが、これはミラに対しての牽制でもある。
包囲網が弱まれば、次は銃口が向けられるのは彼女だ。
そして、追い打ちをかけるようにハスカが手首の鈴を鳴らす。
「来なさい、黒鬼たち」
二体の鬼が呼び声に応じて現れる。
二メートル半はあろうかという背丈だ。
黒く頑丈な表皮を纏っていて、大きな角を生やし鋭い牙を剥き出しに唸っている。
「えぇー、それは反則でしょう」
見上げるほどの巨躯を誇る黒鬼。
この数の差を覆せるほどの能力を備えているということは、実際に戦う姿を見るまでもない。
まだ手札を隠し持っていたとは思っていなかったらしい。
それも特大級のものだ。
ここまでのやり取りで、ハスカが近接戦闘特化の魔女だと誤認させていた。
「カラミティ所属、構成員ハスカ――魔女としての渾名は『鬼巫女』と申します。以後、お見知りおきを」
名乗り口上を告げる。
依然として窮地であることに変わりないが、相手にリスクを背負わせる状況にもなっている。
ハスカと特殊弾を装備したロウ、そして二体の黒鬼。
僅かでも隙を見せれば負傷は免れない。
ミラは少し悩んだ様子で黒鬼たちを観察する。
そして、口角を持ち上げる。
「あー、でもそれ……魔物でしょう?」
「……ッ!?」
何かに心臓を握られているような、息が詰まるような苦しさ。
使役している黒鬼たちとの繋がりに僅かな乱れが生じる。
――彼女は黒鬼たちの支配権を奪おうとしている。
まずい――と、ハスカは即座に決断する。
黒鬼たちに周囲の魔物を排除するよう命じ、自身はミラと距離を取る。
「ロウ様!」
「分かったッ――」
異変を感じ取ったロウが応じる。
弾薬をばら撒いて退路を切り開き、ハスカと共に離脱を試みる。
「へへ……ダメですよ、逃げちゃ」
ミラが『冥帝』を振り回しながら後を追う。
そして追随する魔物たち。
この場は完全に彼女が掌握している。
黒鬼の一体が進路を阻むように立ちはだかるが、
「そーれ!」
特級対魔武器の容赦ない一撃を受け、受け止めきれず膝を突く。
腕を交差させて耐えているが長くは持たないだろう。
力の差を見せつけるように徐々に負荷を加えていく。
屈強な肉体を持つ黒鬼でさえ、特級対魔武器の出力を前にしては無力だった。
「……致し方ありません」
相手の方が上手だと認めざるを得ない。
結び付きの強い黒鬼たちを奪われることは早々ないはずだが、繋がりを乱されることでかえってハスカの負担が増してしまう。
魔女としての相性は最悪だ。
このまま続けていても勝ち目はない。
「くッ、厄介なヤツめ……」
魔物の軍勢を操る能力。
数の差を覆すには、こちら側の戦力が不足している。
敵の能力の一端を知れただけマシだ。
そして、高性能な対魔武器を提供されていることも。
どうやらラトデアから提供された情報に間違いはないらしい。
欲をかかず、この場は退くしかない。
黒鬼たちの反応が消える前に安全圏まで離脱できるだろう。
ユリンホーフへの潜入は困難だ――と、本部にメッセージを送信する。