305話
「特級対魔武器だとッ」
ロウが驚愕の声を上げる。
戦慄級相当の魔物からしか製作できない極めて高価な代物だ。
動力部から各パーツに至るまで多くの生体素材を用いているらしい。
配合率という意味ではTWLMに近いが、対魔武器は適応率などを要しないため誰でも扱える。
その中でも際立った性能を持つものが"特級"とされ、素体となった魔物の名を冠している。
災害等級に分類すれば戦慄級相当の力だ。
それを誰もが振るえるというのだから破格の代物だろう。
――特級−星球式鎚矛『冥帝』
先端部分の星球は煌学エネルギーを帯びて、バチバチと弾けるような音を立てている。
とてもだが、これを受けて耐えられるとは思えない。
魔女ならともかく、生身の人間がこれをくらってしまえば高出力のエネルギーによって体が蒸発してしまいそうだ。
脅威はそれだけではない。
変異した人間たちは、二人を取り囲むように円を成して迫ってきている。
魔物を操る能力でも持っているのだろうと予想しつつ、ロウは懐から銃を取り出す。
火薬式の弾丸だが低級の魔物くらいなら通用するだろう。
あとは、魔女同士の殺し合いがどうなるか――。
「この身を武芸に捧げ十余年」
しゃらん、と軽やかな音が鳴る。
手首に結んだ鈴が揺れ、ハスカの拳が正眼に突き出すように構えられる。
「得物に頼るような未熟者に後れを取るなどありえません」
血の滲むような鍛錬を積み続けてきた。
殺し、殺して、また殺し――裏社会という過酷な環境の中で磨き上げた技術は、何よりも信用に値する。
それを知っているからこそ、ロウも平常心を保てている。
「ハスカ――殺せ」
「承知」
踏み込みは軽やかに――音を置き去りにするような急接近。
姿勢を低く、懐に潜り込んで拳を繰り出す。
重量のある得物なら取り回しに難がある。
即座に対処することは厳しいはずだ。
そう思っていたが、相手は慣れた様子で柄の部分を軌道に割り込ませる。
「うわ、パワーやばいですね。同格ですかー?」
真正面から受け止めて、めんどうそうな顔をして感想を呟く。
近接戦闘に秀でたバスカを"同格"と評価するのであれば、目の前の少女も大罪級相当の力があるかもしれない。
そんな呟きを聞き流しつつ、ハスカは容赦無く連打を叩き込む。
動作は風に吹かれる木の葉のように軽やかだが、その一撃は人骨を容易く打ち砕く威力だ。
当たれば致命打となるが、ミラはこの速度に付いてきている。
(けれど、目では追いきれていない……勘が良いようですね)
動体視力はさほど高くない。
目線はワンテンポ遅れて動いているように見える。
随分と実戦慣れしているようだ。
磨き上げられた第六感で、不足している部分を上手く補っている。
何かしら外的要因も併用している可能性はあるが、それを差し引いてもここまで反応するのは至難の業だ。
あくまで直感に従っているのみ。
受け流せるほど技術があるわけではなさそうだ。
だが実戦の中で身に着けた勘の良さは、そう易々と守りを崩させてはくれないだろう。
軽い一撃を繰り出しても埒が明かない。
場合によっては、あの対魔武器と打ち合うリスクも選ばなければならない。
ハスカの後方では銃声が鳴り止まない。
「くそッ、弾薬もタダではないんだぞ――」
ロウが呻きながら敵を排除していく。
周囲を取り囲む魔物の質は大したものではない。
かといって、見掛け倒しだと侮るには数が多すぎる。
魔物を使役する能力の持ち主。
そう聞いて彼が真っ先に思い浮かべるのは屍姫だが、彼女が操るのは死体のみ。
しかし、目の前の魔女は生きたまま手懐けている。
「ほらほら、抵抗したって無駄ですよ」
ミラが煽るように声を上げる。
徐々にパターンに慣れてきたらしく、時折『冥帝』を振り回して牽制するようになってきた。
相手は一撃でも当てれば勝利。
それを掻い潜って攻撃を当てようにも、
「邪魔をしないでくださいッ――」
ロウが撃ち漏らしてしまった魔物がハスカに襲い掛かる。
押し返すように掌底で打ち、生じてしまった隙を誤魔化すように距離を取る。
仕切り直しとはいかない。
ミラはこちらの攻撃に慣れてきている。
その状況で一度距離を取ってしまったとなれば、今度は相手のターンに変わってしまう。
「それじゃ、こっちの番ですかねえ――」
ミラが『冥帝』を掲げ、口角を持ち上げる。
近くにいては危険だが、距離を取ろうにも周囲の魔物が邪魔になってしまう。
何より下がればロウの身が危険に晒されてしまう。
それに気付いているからこそミラは強気でいられるのだ。
「――そーれ!」
距離を詰めるわけでもなく、狙いを定めるわけでもなく。
乱雑に地面に叩き付けると――。
「……ッ!」
朽ちたアスファルトを粉砕し、先端部分に帯びた煌学エネルギーが弾ける。
空間を歪ませるほど高出力のエーテル――直後に激しい衝撃波を生み出して、周囲に存在するもの全てを消し飛ばす。
多少距離がある状態でも、波が通り抜けただけで意識が飛びそうになるほど体内を揺さぶられる。
ハスカも一瞬だけ思考がぼやけていたような気がした。
「……これが特級ですか」
直撃せずともこれほどの威力。
エネルギーの消耗も激しいはずだが、数回撃って終いになるような試作品とも違うだろう。
「へへ……やっぱ凄いですねえこれ」
ミラは上機嫌だ。
数的有利に立ちながら、圧倒的な力を振るって痛め付ける快感。
「あ、これじゃカフカのこと笑えねーですね」
自分にも狂人の才能があったのだろうか。
そんな事を考えながら、ミラは再び『冥帝』を担ぐように構える。