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304話

――同刻、ユリンホーフ居住区D-2。


 荒んだ廃墟のような街並み。

 行き交う人々の目は淀みきっている。

 明日に希望を持つことさえ許されず、彼ら彼女らは建物に粗末な補修を施して、誤魔化しながら住み着いている。


 一帯の中でも特に貧困問題が深刻な区画だ。

 エーテル値こそ正常な範囲に留まっているが、廃れきったこの場所に好んで寄り付く人間など限られている。


「アレでは生きているとは言えんな」


 ロウが呟く。

 トリリアム教会の影響下にある中で、この周辺はまだ取り込みが浅い――ラトデアとの情報交換で得た内容を確認しつつ進んでいく。


 なんの変哲もない、三等市民たちの住むスラム街だ。

 脅威になるほど生に執着している様子もない。

 飢えても物乞いをするだけで、得られなければそのまま衰弱していくのだろう。


「哀れですね。あの者たちには救いがない」


 傍らに付き添うのは、巫女装束の無法魔女アウトロー――ハスカだ。

 彼女もアラバ・カルテルの頃は雇われだったが、拾われた恩を返すためとカラミティに所属することになっていた。


「……救い、か」


 例えば、普通の暮らしができる程度に金銭を継続して得られたなら。

 本当に幸福になれるだろうか。


 ロウはそういった類いの話に関心がない。

 何をもって幸福として、何をもって不幸とするのか。

 そんなものはどうでもいい。


「地を這うだけの日々でも、共に語らう仲間がいれば悪くはない」


 裕福な暮らしでも、全てを叶えられるわけではない。

 必ずそこに不満は現れる。


「己が生に満足しているかどうか。それだけを考えればいい」


 そういった意味では、ロウは今の自分の生活を気に入っていた。

 元々は彼自身もゾーリア商業区の掌握を目論んでいた。


 アラバ・カルテルは犯罪組織の集いで、その中心に自分が立っていた事もあった。

 商才に長けたマクガレーノ商会や、外部から影響を及ぼしてきたデンズファミリー。

 その他様々な勢力が台頭してきたあたりで失速してしまった。


 あのままでは遅かれ早かれ潰されていただろう。

 組織内に裏切り者が出てもおかしくない。

 揺らぎ始めたアラバ・カルテルという集いを圧倒的な力によって再度纏め上げた人物こそ、カラミティの首領たるクロガネだった。


 あれほどの才覚を見せられて、ロウも反抗しようという考えが浮かばなくなってしまった。

 それ以外の選択肢が浮かばないほど従属に価値を感じてしまった。


「クロガネ様には感謝している。あの時拾われなかったら、今頃どうなっていたことか」

「それこそクロガネ様に潰されていたんじゃないでしょうか」

「はっ、そうだな」


 情勢を変えるほど圧倒的な力を持つ魔女。

 クロガネ自身は慎重派のようだが、ロウはもっと暴力で解決してもいいのではとさえ思っている。


「我らが首領は強い……恐ろしいほどに。だからこそ我々も見劣りしない成果を上げなければならん」


 でなければ後が怖い、とロウが頭を抱える。

 組織に貢献しようという意志も強いが、あの殺気に当てられながら失態を問い詰められるような事だけは避けたいという考えの方が勝っていた。


 この恐怖も生きている証だ。

 無気力に過ごす者たちと比べればずっと幸福なのだ……と。


 そんな事を考えていると、


「あいー、皆さん配給のお時間ですよう」


 気怠げな少女の声がした。

 貧困地域に奉仕する活動団体があっても何らおかしくはない――などという世界ではない。


 三等市民は虐げられて然るべき存在。

 面白半分に施しを与える者がいたとしても、心の底から助けの手を差し伸べようとする者はまずいない。


 必ずそこに利益があるからだ。


 金属製の大きなバットを両手で持ちながら、項垂れて座り込んでいる人々を呼び寄せる。

 どこか神秘的な服装をしている少女だ。

 胸元にはトリリアム教会のシンボルマークが刻まれたコインネックレスを下げている。


「あーめんど……じゃなかった。はいはい順番に並んでくださいねー」


 野良犬に餌でもやるかのような様子で、並んだ人々に順番にパンを渡している。

 受け取る側も慣れた様子で受け取るとその場で食べ始めていた。


 その様子を影から見守りながらロウが疑問を口にする。


「あの小娘は……慈善活動でもしているのか?」


 ただ無差別に配るだけでは組織の利にならないだろう。

 かといって、布教活動をするにしては気の抜けた様子に見える。

 宗教団体らしい教えを説くわけでもなく、パンを配っている本人は煙草を何本も咥えて終わるのを待っている。


 そんなはずがない、とロウは観察し直す。

 トリリアム教会は犯罪組織の中でも特に倫理観が死んでいる集団だと噂されている。

 例えば、あのパンの中に何かしら"混ぜ物"がしてあるとすれば――。


「……ロウ様、罠です」


 ハスカが拳を構える。


 周囲の人間たちの様子がおかしい。

 そう気付いた時には、既に手遅れだった。


 人間もエーテルを過量取り込んでしまうと魔物化してしまう。

 過酷な環境下で働く三等市民に稀に見られる現象。

 その変異を意図的に引き起こし、


「――じゃ、始めましょうか」


 トリリアム教会の幹部――ミラの視線がこちらに向けられる。

 始めからこちらの潜入に気付いていたようだ。


 建物の屋根には巨大な鴉が目を光らせる。

 周囲には変異して凶暴化した人間、もとい魔物たちがどこからともなく集まってきている。

 他にも無数の気配が蠢いているが数え切れない。


 魔物の軍勢を呼び出して、


「皆さんを殺さないとカフカに怒られちゃうので。恨まないでくださいよ」


 自身は対魔武器を懐から取り出して起動する。

 長柄の先端に煌学エネルギーを帯びた星球――巨大なモーニングスターだ。


 ミラは肩に担ぐように武器を構え、口元から煙を大量に吐き出す。


「特級−星球式鎚矛『冥帝めいてい』――こいつは結構いてーですよ」

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