303話
「魔物の気配がある」
しばらく移動を続けていると、ユーガスマが歩みを止める。
警戒するほどでもない木っ端の魔物だ。
だが、深部に向かうにつれて様子は変わってくる。。
公害の源となっているエーテル溜まりがあるなら、近付くほどに質も量も増していくことだろう。
C-5区画での災害は、地中から這い上がってきた魔物たちによるもの。
だがエーテル公害が収まってない以上、原因となった魔物は別で生存している可能性が高い。
――あれほどの魔物で溢れかえっていたというのに。
その光景を目撃したユーガスマには分かる。
あの場には大罪級以上の魔物が数え切れないほど発生していた。
彼が知り得る限りでは、これと同規模のエーテル公害など一つも存在しない。
「全部殺せばいい」
クロガネが手を翳し――機式"エーゲリッヒ・ブライ"を呼び出す。
変異して体が何倍にも肥大化したネズミが、視界の奥で何匹か待ち構えている。
配管内は『探知』が上手く機能していないが、微かな物音や殺気から気配を察知できないわけではない。
さすがにユーガスマと比べれば精度は劣る。
僅かな時間差はあるものの、敵の気配を全て把握する。
この程度なら狙いを定めるまでもない。
動きの鈍い的に、最小限の動きで弾丸をばら撒く。
「良い腕だ」
撃ち出された弾丸の軌道から着弾箇所まで。
薄暗い視界不良な配管内で、全て視えているような評価を呟く。
「……」
実際に目で追っているのだろう。
ユーガスマの動体視力は常軌を逸している。
今のクロガネでも、不意を突いたりしなければ銃が通用するとは思えないくらいだ。
一方で、ユーガスマもクロガネを不思議そうに見つめている。
「……なに?」
じっと観察するような視線が気になって問う。
何かを考えているような様子だ。
「お前は、エーテルを吸収して力を増すことができるのか」
ほんの僅かな変化。
この程度の魔物を殺めた程度では誤差でしかない。
だが、ユーガスマはその変化に気付いた。
「以前から成長速度に疑問を抱いていたが……そういうことだったか」
遭遇する度に飛躍的な成長を遂げている。
クロガネ個人の力量もそうだが、魔女としての格が上がっているように思えてならなかった。
その謎が明かされたことで納得しているようだ。
別に否定する必要もない。
少なくとも、今は協力関係にある。
「変換効率は一パーセントにも満たないだろう。獲物によるのか?」
「多分ね」
相手の等級によるのかもしれない。
手練を相手にした時は力が増した感覚が鮮明だった。
「なら、この調査は都合がいいかもしれんな」
エーテル公害の原因を暴く。
その過程で多くの魔物と遭遇することになるだろう。
深部に進むほど多くのエーテルを取り込めるかもしれない。
力が物を言う世界だ。
それで全てを解決できるわけではないが、不足していれば先に進むこともできない。
だが常人がどれだけ努力を重ねても届かない領域もある。
そんな様子を見て、クロガネは不思議そうに尋ねる。
「……それだけの力があるのに?」
ユーガスマは世界屈指の実力者だ。
彼でも力不足を感じるような時があるのだろうか。
だからこそだ、とユーガスマが返す。
「力で全てが解決できるわけでもない」
好き勝手に暴れて社会秩序を乱すわけにもいかない。
彼の中でルールがあるようだ。
それを否定するつもりはない。
だが、不自由なように思えてしまう。
手段を選ばない自分と違い、彼は正道を貫き続けている。
その割に無法魔女の自分と手を組んでいる。
以前よりは柔軟な考えも持っているのかもしれない。
その後もたまに現れる魔物を排除しながら進んでいると――。
「……ッ」
周囲のエーテルにノイズが走る。
ほんの一瞬だけ、何かを警告するように。
「……何だ、今の感覚は」
ユーガスマは警戒した様子で周囲を探っている。
この現象に遭遇したことがないらしい。
「炭鉱の事件は覚えてるでしょ」
「アモジ博士の件か」
東部エデル炭鉱で実験体が暴走した事件。
ユーガスマもアモジ・ベクレルの警護をするために居合わせていた。
「あの時みたいな、魔女の変異を意図的に引き起こすことができる」
「噂には聞いているが……まさかな」
流出した煌性発魔剤の技術。
無法魔女に蔓延するこの薬物は、副作用として稀に変異を起こすことがある。
そのリスクを最大限まで引き上げた薬剤を軍務局は開発している。
だが、元となる煌性発魔剤はCEMによって生み出されたものだ。
「……やはり、C-5区画のエーテル公害に博士が関与している可能性は高いか」
いったい何の意図があっての事なのか。
黎明の杜に手を貸していたとして、そこに何の利益があったのか。
この地下には何が隠されているのか。
だが、あの男は簡単に尻尾は掴ませてくれないはずだ……と、クロガネはあまり大きな期待はしていない。
与えたい情報だけを散りばめて、社会そのものを弄ぶ。
そういう人物だと知っている。