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301話

 政府は軍部と対立している。

 一方で、利害が完全に対立しているというわけでもない。


 必要に応じて行動を合わせる事もある。

 その最もたる例が、魔法省に対する牽制――。


「そろそろ事情も分かってきた頃じゃない?」


 そう問い掛ける。

 会話相手は、クロガネの言葉を肯定するように沈黙を返す。


 様々な思惑が絡み合う場所――エスレペス北工業区域。

 エーテル公害が発生したC-5区画は、復旧された後も未だ封鎖が続いている。


「そして、確証を得るために手を貸せ……と」


 隔壁の奥に視線を向ける。

 何らかの情報を掴んで、彼はこの場に自分を呼び出したのだ。


「緊急時、魔法省が封鎖作業を行う場合は必ず脱出口を用意する。逃げ遅れが発生しないように、そして……」

「可能なら救出するために」


 至って自然な人道的理由。

 もちろんこれを疑う余地はない。

 先日のエーテル公害発生時も、本来なら脱出口から捜査官たちを無事に逃がせるはずだった。


 後悔の念は尽きない。

 一見すると落ち着いているように見えるが、隠しきれない憤怒が溢れ出して常に殺気を振りまいている。


「まさか、私が無法魔女アウトローを手引きすることになるとは」


 ユーガスマ・ヒガ――特務部の"元"主任だった男。

 所在不明のはずだったが、唯一クロガネとだけは連絡を取っていた。


 脱出口を利用して隔壁の内側に踏み入る。

 以前訪れた時と変わらない、廃墟同然の建物が立ち並ぶ三等市民たちの住処が広がっている。


「……」


 未だエーテル値は下がっていないらしい。

 肌に感じる不快感は、きっと等級の高い魔物が発しているものだろう。


 だが、想像していたより魔物の数は少ない。

 少なくとも『探知』圏内には魔法省の脅威になるほどの魔物はいないようだ。


「駆除が進んでいるわけではない」


 ユーガスマが呟く。

 こちらの疑問を察してのことだろう。


「魔法省はC-5区画のエーテル公害に対処していないの?」


 エーテル公害は元凶となる魔物を排除すれば、年月こそかかるものの鎮静に向かっていく。

 この程度なら今の魔法省でも手こずるようなことはないはずだ。


「ヤツが裏から手を回しているのだろう」


 手出しをされては困るような"何か"がある。

 あの時、エーテル公害を人為的に起こしたのは彼なのではないか――そんな疑問を抱いて、二人はこの場所を訪れていた。


 確証はない。

 だが、下らない憶測だと一蹴するわけにもいかない。

 絡み合う思惑の真っ只中に立たされている二人にとって、僅かでも手掛かりになるようなものがあるなら見逃せない。


 現に封鎖区域は放置されていて、そして――。


「……やはりここか」


 エーテル公害の原因が目の前にある。

 地下深くまで続く大穴から、多数の魔物が這い出して来たというが。


 ユーガスマに倣って視線を向ける。

 直径五十メートルほど、深さは不明。

 一見すると不自然な点はないように思えるが、彼は何かに気付いたらしい。


「下に行くの?」

「恐らくだが、配管に見せかけた通路がある」


 エーテル公害の発生時に地表を吹き飛ばして魔物が這い出して来た。

 当然、地中に埋設された水道管なども損壊している。


「C-5区画は本来居住区ではない。整備もせず放置されていたはずだ」


 点検などされるはずもなく、大半は酷く劣化している。

 これだけの災害に巻き込まれてしまえば、噴出するエーテルだけで吹き飛んでしまうことだろう。


 だが、ユーガスマが指す先には"損傷していない配管"が残っていた。

 噴出するエーテルを浴びたはずだというのに、あまり劣化するような事もなく大穴の壁から壁へと繋がっている。


「あれを辿れるか」

「少し待って――」


 大量の配管が入り組んでいる地中を辿る。

 どうやら他と違い、内側まで『探知』が貫通しない素材で作られているらしい。


「――見つけた」


 通用口と思われる場所を探り当てる。

 大穴から二百メートルほど離れた場所だ。


 底がどうなっているか不明だ。

 戦闘能力は人類でも上澄みにいる二人だが、さすがに未知の災害が待ち構えているかもしれない場所に飛び降りるような真似はできない。


「ここから先も?」

「同行願いたい。身の危険を感じない限りは、な」


 そう言って、通用口の方角にユーガスマが歩き始める。

 こんな狡い言い方をされて、クロガネも他の選択肢を選べるような性格ではない。


 通用口は下水用のマンホールにカモフラージュされていた。

 管理業者が見れば割り振られた番号から偽物だと判断できたかもしれないが、放棄されたC-5区画にそもそも立ち入るようなことはない。

 その上、付近に住む三等市民が紛れ込むことがないように固く閉ざされている。


 電子ロックなどはかけられておらず、センサー等の仕掛けも施されていない。

 頻繁に出入りするような場所ではなかったのだろう。


 ユーガスマは無造作に貫手を構え――鉄蓋の中心を穿つ。

 金属が弾けるような甲高い音が鳴り響いた。


 素手で金属製の蓋を打ち抜くことを事も無げにこなして、そのまま力を入れて抉じ開ける。


「さて、行くとしよう」


 C-5区画に隠されているものを暴くため、二人は潜入を開始した。

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