300話
――いずれ我々の利害は対立する。
トリリアム教会からのメッセージ。
宣戦布告と取るべき強気な発言のように思えるが、現状は何も手出しをしてきていない。
統一政府の掌握。
もし彼女たちが議席を狙っているのであれば、対立するという発言も自然なものだ。
リーダーであるカフカはそれを斡旋可能な階級と繋がりがあるのだろう。
「……」
目障りだ、とクロガネは舌打つ。
こちらの戦力を知っていて、その上で牽制できる程度には戦力があるようだ。
会議室内には、他に幹部達が揃っている。
苛立ちから垂れ流されている殺気に耐え切れず、ロウが沈黙を途切れさせないように口を開ける。
「藪蛇は避けたいところだが……そもそもパトロンはCEMなのか分からんな」
組織規模こそ対等だが、それ次第で状況は変わってくる。
厄介な人物がバックに控えているとなれば迂闊に手出しはできない。
「おいマクガレーノ、そのカフカという人物はどう見えた」
「少なくとも、信心があるようには見えなかったわね」
宗教的な側面もあるがメインではない。
だが一方で"神の存在証明"が目的だと話す歪さも持ち合わせている。
「どこかネジが外れている……きっと手段を問わず仕掛けてくるタイプよ。念の為、足元の監視体制も強化した方がいいわね」
「なら、商業区内の巡回を強化すべきか」
シマを持つ組織に対して、末端から切り崩していくのは抗争の常套手段だ。
敵対行為とは直接的な衝突に限らない。
マクガレーノはトリリアム教会を警戒すべき相手と見做しているらしい。
直接言葉を交わした彼女だからこそ感じ取ったものがあるのだろう。
「だが、こちらも有意なツテは得られた」
魔法省の上層部――それもエリート揃いの特務部の主任と繋がりを得られたのだ。
現状カラギと利害が対立するようなことはない。
よほど外部に影響を及ぼすような稼業に手を出さなければ、取り締まられるようなことはない。
「魔法省もユーガスマの不在が響いているようだな」
無法魔女狩り専門の執行官。
戦慄級の魔女でさえ、彼と対峙すれば無事では済まない。
単身で幾つものシンジケートを潰してきた実績のある人物だ。
対外的には不在の公表がされていないものの、魔法省としては焦りも生じている頃合いだ。
ロウの呟きに屍姫とマクガレーノも頷く。
二人は以前、CEMのゲバルト支部で交戦した経験がある。
近接格闘の技量は達人の域で、その拳は分厚いコンクリートの壁さえ軽々と打ち砕く。
距離など意味を成さない速度で動き、銃火器は全て見切られてしまう。
圧倒的な個を前にしては、どれだけ数を揃えても意味がない。
その時、着信音が会議室内に響く。
視線が集まると、ロウは慌てた様子で端末を取り出して応答する。
「……どうした。会議中だ、手短に頼む」
『ルード街で魔物が発生しましたので、念の為』
「そんなバカな。商業区内はエーテル値も正常なはずだろう?」
報告を聞いて、疑ったようにロウが尋ねる。
通信先のハスカがそれを否定する。
『変異したフクロウのようで。大きな脅威ではありませんが、人間が素手で対抗するのは厳しいですね』
「分かった。死骸は回収してアジトまで……それと、各区画でエーテル値の計測を行うよう手配してくれ」
『承知』
通信を切って、ロウが嘆息する。
これから商業区を再計測しなければならない。
計測データを取り纏めて報告する必要がある。
「死骸は私の方で調べましょう」
屍姫が率先して立候補する。
彼女の能力があれば、アンデッド化させて原因を調べることもできるらしい。
「あまり些末なことに関わっていられないが、疎かにするわけにもいかないな」
もし頻発するようであれば商業区内の安全に関わってくる。
いくら魔法省の捜査の手が伸びなくとも、魔物が自然発生してしまうようなエーテル値であれば人間には住みづらい。
「……すまないが、一つ聞いていいか」
ロウが声を潜め、囁くようにマクガレーノに尋ねる。
「どうしたのよ急に」
「なぜ今日のクロガネ様はあんなに不機嫌なんだ?」
チラリと一瞬だけクロガネに視線を向ける。
トリリアム教会に手を煩わされているとはいえ、その程度でここまで殺気立つとは思えない。
「あら、直接聞いてみればいいじゃない」
「勘弁してくれ」
今でさえ、強烈な殺気に当てられて心臓がバクバクと鳴っている状態だ。
もし怒りを買うようなことがあれば破裂しかねない。
そんなロウと対照的に屍姫は普段通りの様子だ。
クロガネと同席しているだけ、むしろ機嫌が良さそうにさえ見えるくらいだった。
「……はぁー」
殺気立っていたクロガネが、苛立ちを逃がすように嘆息する。
このまま座っていても解決する問題ではない。
「しばらく、トリリアム教会の対処は三人に任せるから」
他にやることができた、と立ち上がる。
直接的な戦闘でなければ今すぐに自分の力が必要になることはない。
ラトデアのジェンナーロと交友を得たため、トリリアム教会も表立って動くような真似はしないだろう。
この規模の組織を二つ纏めて相手をするには相応の準備が必要になる。
「クロガネ様はどちらに?」
「色々。必要があれば連絡するから」
それだけ伝えると、そのまま退室していく。
残された三人は顔を見合わせる。
「我々だけで対処、か……」
部下の使い方としては正しいはずだ。
そこで改めて、首領"禍つ黒鉄"という価値に頼りすぎていたかもしれないとロウが自省する。