30話
――ロムエ開拓区、ネペリ第一開発区域。
繁雑な風景が広がっている。
完成された建物は疎らだが、至るところで様々な工事が慌ただしく行われている。
「まさに開発中って感じだろ?」
車外を眺めながらカルロが言う。
これほど技術の発展した世界でも、こういった途上地域は珍しくないらしい。
取引現場だった港町リュエスから北西に、少しだけ都市部に寄っていくとこの場所に出る。
辺りには商業施設もない状態で住宅さえ建っていない。
道路だけは整備されているが、そこを一歩でも離れると荒れ地が広がっている。
至るところで工事を行っており、薄汚れた服を着た者たちが老若男女を問わず働いていた。
聞かずとも彼らの身分は察せられる。
「土地開発は金払いがいい。三等市民が稼げる数少ない仕事だ」
カルロ自身もこういった仕事の経験があるらしい。
懐かしそうに目を細めて、仕事に従事する者たちを眺める。
休息などない地獄のような日々。
目をギラつかせて、報酬目当てに必死に体を動かし続けている。
もし現場監督に気に入られでもすれば、土木作業員として二等市民に上がれるかもしれない。
と、そこまでは下々に与えられた取るに足らない希望だ。
当然ながら、三等市民を見下している彼らがそのようなことをするはずもない。
極めて過酷な労働環境。
まともな衣食住の提供もせず、もし最後まで生存していたなら約束通りに賃金を渡せばいいだけ。
脱落させることで、法に触れることもなくコストカット出来るのだ。
哀れむように視線を向けて嘆息する。
好きに使い捨てられる三等市民はさぞ便利なことだろう、と。
「……何かの施設を作ってる?」
「ああ。ここら一帯はアルケミー製薬が買い占めたって話だぜ」
バイオプラント培養場を増設するんだろ、とカルロは言う。
近辺は開発も終わっておらず、交通の不便さも相まって地価は極めて安い。
「あそこは新進気鋭の企業だ。そこの幹部……レドモンドの奴が培養場増設プロジェクトを任されているらしい」
相応の地位に在りながら、裏社会との繋がりを持って財産を蓄えている。
たとえ貪欲な人間でも、そこまでバイタリティーに溢れる者は少ない。
「……なんで地価が安いの?」
都市部から外れるとはいえ、この近辺は物流の中心となるリュエスの街とフィルツェ商業区の間に位置している。
それだけでも重要性は高いはずだ。
「知らないのか? ロムエ開拓区といえば、つい何年か前までエーテル公害で立ち入り禁止指定されてたんだが……」
となれば離れた場所の出身なのだろう、とカルロは納得する。
ここと似たような場所は珍しくない。
「有名なアルケー戦域なんかと比べれば劣るが……ここもかなり昔、戦慄級の魔物が発生した場所なんだぜ」
「魔物……」
存在自体は何度も話に聞いているが、機動試験以降に遭遇したことはない。
自然発生か、突然変異か、或いは人為的なものかは関係なく、魔法省によって災害等級の定められた生命体がそう呼ばれるらしい。
「ま、ソイツ自体はもう俺が生まれる前に倒されたらしいんだが」
エーテル公害は原因となる魔物を討伐してもすぐに収まるわけではない。
場合によっては数年から数十年ほどかかってしまうこともある。
瘴気に似た魔法元素――エーテルが放出されることによって大地が汚染される現象。
超常の力を行使するためのエネルギー源とされているが、扱いを誤れば取り返しの付かないことになってしまう。
様々な魔法物質の中にも蓄えられており、採掘の際に下手に刺激をしてしまうとエーテル公害が発生することもある。
また、大気中のエーテル値が高まると魔物の発生率が上昇するため、居住区とするには一定未満に収めなければならない。
「……なら、この辺りは安全なんだ?」
「どうだろうな。基準値ギリギリだから、リスクがゼロってことはないはずだが」
安価だが相応の危険も伴う。
それを理解した上で、レドモンドはこの土地を選んだのだと。
「……」
エーテル値の高い場所で、従業員やバイオプラント自体に影響はないのだろうか。
機動試験の始めに戦った『悪食鬼』という魔物は、明らかに突然変異してしまった人間だ。
似たような事故が発生しないとも限らない。
クロガネ自身も、この場所が栄えた都心部と比べて"変な空気"が漂っているように感じていた。
これが立ち入り禁止区域になると、より酷いのだろうか。
それから五分ほどで、一際目立つ建物が見えてきた。
「立派なもんだ。本社に出せねえような代物も大量に隠してるんだろうな」
中規模な企業が用意するような建物には見えない。
研究施設も兼ねているにしても巨大だ。
外観自体は変わった特徴のない普通のビルだが、その高さは見上げていると首が痛くなりそうなほど。
そこに不正の匂いが漂っているのを見逃さない。
「蟻みたいな三等市民を最上階から見下ろして、さぞお高いワインでも飲んでるんだろうよ」
僻んでいても仕方がない、とカルロは肩を竦める。
彼自身もマフィアの一員であって、弱者相手の裏稼業など飽きるほどしてきたのだ。
「さて、と……茶番を始めるとするか」
手元には取引書類。
揺さぶるための下準備も十分に整えてある。
そして、万が一の場合でも用心棒がいる。
裏切り者に制裁を。
覚悟を決めて、車をゲートに走らせる。
File:ロムエ開拓区
過去に戦慄級『枯凪』という魔物の出現によってエーテル公害が発生してしまった区域。
魔法省執行官『ユーガスマ・ヒガ』による大規模作戦により死傷者ゼロでの討伐に成功した。
エーテル値の高い区域は魔物の自然発生リスクが高いが、居住区指定されるような場所でも発生する場合もある。




