298話
「それを挫くために我々と連携したいということか」
目的のためなら手段は問わない。
それこそ犯罪シンジケートと手を組んだとしても……或いは、そうしなければならないほど追い詰められているのか。
そんな視線を受け、カラギは続ける。
「今必要なのは数ではない。圧倒的な実力を持つ"個"がいなければ」
「機動予備隊では駄目なのか?」
「あぁ、アレも能力は優秀ではあるな。だが、私が求めている水準はより高次元のものだ」
これまで魔法省を確固たる執行機関として機能させていた人物。
あらゆる災害を退け、無法魔女たちを容赦なく捻じ伏せてきた男。
「ユーガスマ執行官の不在が響いているようだな」
人類最強と呼ばれた彼こそ今の魔法省には必要だ。
黎明の杜による一件以降、消息不明となって足取りの手掛かりさえ得られていない。
その後釜として選ばれたのがカラギだったが、彼自身は力不足だと実感しているらしい。
だからこそ、
「我らが首領の助力が欲しいと」
頼りたいのはカラミティという組織ではない。
戦慄級『禍つ黒鉄』という個人に対して、それだけの価値を感じて接触してきている。
当然だ、とロウも頷く。
自らも裏社会で生き延びるためにクロガネの軍門に降ったのだ。
その才覚に惹かれて集まる者は多い。
「事情は承知したが、お前は……いや、お前たちは何を提示できる」
カラギに対し、鋭い眼光で問う。
話の規模を考えれば、とてもカラギが個人で動いているとは思えない。
統一政府からの干渉を退け、魔法省の独立性を守るには人数も必要だ。
信用を預けるには隠し事が多いように見える。
事情を考えれば仕方がない部分もあるとはいえ、そのリスクを上回る対価を提示できなければ手を組むことはできない。
「魔法省の人間は一等市民と関わることが多い。特に一等市民居住区から外出する際には、常に影から警護しているものだ」
仕事や催事、取引等……そして些細な買い物まで例外なく。
一等市民の安全が脅かされるようなことがあってはならない。
「個人的にだが、議員のツテがある――推薦枠を融通することもできる」
カラギはそう言って、直後に笑みを浮かべる。
「なるほど、これは交渉材料に使えるようだな」
「貴様……ッ」
表情に出てしまったか……と、ロウが歯を軋らせる。
これがマクガレーノや屍姫であれば見透かされることはなかったはずだ。
「まぁ、あまり気分を害さないでくれ。互いの欲するものが見えてきたなら、話も進めやすいだろう?」
対して、カラギはリラックスした様子だ。
駆け引きは彼の思惑通りに進んでいる。
「彼女の機嫌を取れるなら、推薦枠を融通するくらい安いものだ」
「……随分と利口だな」
社会の上澄み――百に満たない程度の人数しかいない一等市民。
享楽に身を投じて贅の限りを尽くす者もいれば、統一政府の議席に名を連ね社会の舵取りを行う者もいる。
まさしく特権階級だ。
富裕層の中でもごく一握りの人間でなければ辿り着けない場所を融通するとなれば、それこそ途方もない金額が動くことになる。
「そういう人間しか手元に置かないだろう? 決して他人に信用を預けない……そういう人種だ」
カラミティは"仲間"ではなく"手駒"を束ねた組織。
利口で優秀で従順な、クロガネにとって都合の良い実行部隊でしかない。
「どうだ、それなりに利口だったろう?」
自らの振る舞いを指してカラギが笑う。
少なくとも、こうして交渉の場を与えられる程度には価値を示し、そして不興を買わないように尽力してきた。
やや薄まってきたウイスキーを飲み干して、カラギは追加の一杯を注文する。
馴染みの店にでもいるかのような様子だ。
「……通い詰めていたのか?」
「当然だとも。まさか交渉のタイミングで不在だったとなれば、次の機会は訪れなくなってしまう」
毎晩この"仔山羊の縊り亭"に通っていたのだと。
散財するような飲み方ではないが、この店の価格帯を考えればかなりの出費になっているはずだ。
追加のウイスキーが置かれると、カラギは嬉々としてそれを手に取る。
その様子を見ると随分と私情混じりのようにも思えた。
「はぁ……貴様という人間が少し分かった気がする」
「同情するなら、せめて禍つ黒鉄には良いように伝えてくれ」
気に入られるために徹底的に尽くしている。
目的のためなら手段を選ばず、労力も惜しまない。
一度聞くだけでは狂ったように思える言説も、カラギという人間を理解すれば筋が通っているようにも思える。
「一等市民推薦枠を対価に、対軍務局の協定を結べと。細かな交渉はどうする?」
「次回で構わない。次こそは君らの首領が来てくれるだろうからな」
ここまで大きな交渉を部下に預ける人間ではない。
興味を引く対価も提示出来た。
カラギからすれば、これで最大限の成果と言えるだろう。
一方で、ロウはこの条件に懐疑的だ。
「……だが、本当にいいのか? 裏社会の人間に一等市民推薦枠を渡すなどと」
悪党を特権階級に据えるというのだ。
一等市民は不可侵な存在であり、吐いた言葉の一つ一つが法的拘束力を持つ。
秩序を守る魔法省からすれば敵を増やしかねない行為だ。
そんな疑問に、カラギは愉快そうに人差し指を立てる。
「例えば君が目的地に向かっているとして。もし道中を塞ぐように倒木が横たわっていたらどうする」
「……何が言いたい?」
「簡単な論理思考テストだ。難しく考えなくていい」
唐突な話題に困惑しつつも、ロウは渋々と返答する。
「可能なら退かすだろうが、回り道をした方が早いのであればそうするだろう」
「ではもし、それが倒木でなく人間ならどうする?」
「無闇に殺して、捜査に追われるようなリスクは抱えるべきではない」
あくまで安全第一に。
やむを得ず殺すこともあるが、好き好んで命を奪うような真似はしない。
そこに利益があるかどうかが重要だ。
「なら、君らの首領ならどうする?」
「殺すだろうな。躊躇もせず」
道を塞ぐ者たちを殺し、目撃者も消し去って。
捜査の手が及ぶようであればそちらも排除することだろう。
「だが無害な者まで手に掛けることはしない。そうだろう?」
自らの障害とならない人々は対象とならない。
あくまで目的地へ向かうために邪魔な存在を退かしているだけにすぎない。
「悪党にも種類がある。目的のために犯罪に手を染めるか、犯罪そのものが目的か……大まかに言えばその二通りだ」
カラギはそう言って、ロウを見据える。
「前者のような人間は目的さえ果たせば害はない。カラミティの構成員はそういうタイプだろう?」
だから、一等市民にしても社会を脅かすことはない。
これがネジの外れた快楽殺人者などであれば話は別だが、少なくともカラギはそう評価しているようだった。