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297話

――ゾーリア商業区東部、ルード街。


 無法者たちが集う街。

 中でも一際治安の悪いこの区画は、カラミティの庇護下に置かれた事である意味では整然と管理されていた。


 ゾーリア商業区を統べる悪の象徴。

 戦慄級の無法魔女アウトローであるクロガネが、この街を牛耳る上で傘下の組織に命じたことはただ一つ。


――私を煩わせるな。


 下らない揉め事を起こすな、というだけではない。

 わざわざ言葉を発さずとも意図を汲み取れと。


 マクガレーノ商会とアラバ・カルテルを従え、商業区に対する外部からの影響も全て排除した。

 各個で反発する者には徹底的な暴力で威を示した。


 この街に住む者たちは、禍つ黒鉄を畏れ敬っている。


「……」


 一つ雑事を任せたい……と、クロガネから声が掛かり。

 護衛の一人も付けず、ロウが繁華街を歩いている。


 視界に入る者は皆、気に障らないよう身を縮めて道を譲る。

 カラミティ幹部であるということもあるが、商業区内でロウを知らないものはほとんどいない。

 最も治安の悪いこのルード街は、元は彼が牛耳っていた場所なのだ。


 以前と変わらないような雑然とした街並み。

 だが一方で、カラミティによる支配は見えない秩序も生み出している。


 彼らも好き勝手をして弾き出されるより、所有物として庇護下に置かれた方がずっといいと理解しているのだろう。


 犯罪組織の摘発が急激に増加して、魔法省による登録魔女施策も強化されている。

 そんな情勢で、ゾーリア商業区は未だに公安の手が入らないでいる。

 ここを追い出されては行く当てもない。


――"仔山羊の縊り亭"


 目当ての店に辿り着き、足を止める。

 粗暴な者たちの多い繁華街の中では価格帯は高い方だろう。

 商業区でもそれなりに稼いでいる人向けの酒場だ。


 ロウはこの場所で、とある人物との取引を任されていた。

 日付も時間も指定されていないが、行けば会えるとだけ伝えられている。


 そう言われ、入店してみると――。


「……ヤツか」


 カウンター席の壁際に、見覚えのある人物が座っている。

 本来ならこんな場所にいるはずがない顔だ。

 ウイスキーのグラスを軽く傾けながら誰かを待っている様子だった。


 侮れない相手だ……と、ロウは気を引き締めつつも自然体を装って歩み寄る。


「隣、失礼する」

「……あぁ、どうぞ」


 くたびれたコートを羽織った老齢の男。

 弱者を装っているが、その神経の隅々まで殺気が通っている。

 血腥い抗争を繰り広げてきたロウだからこそ、目の前の老人が自分と同種の人間だと理解できる。


 店主に視線を向けると、既に店仕舞いの支度を始めていた。


 入店してから客たちの視線が集まっていたが、何か用件があるのだと理解したのだろう。

 それぞれが手早く会計を済ませて退店していく。

 カラミティの幹部を煩わせてはならない。


 そんな様子に老人――カラギは苦笑しながら、


「やはり、ゾーリア商業区には秩序があるな」


 感心したように呟く。


「それはどういう冗談だ?」

「まさか。ここは商業区の外よりよっぽど良いと思っている」


 魔法省の上層部。

 それもエリート集団である特務部の主任が、悪党たちの縄張りを羨ましがっている。

 酔った上での冗談と捉える方が普通だろう。


「君も飲まないか?」

「悪いが仕事中は飲まない主義だ」


 アルコールで判断を鈍らせるような真似はしたくない。

 下手を打って幹部の地位を剥奪されるくらいなら、嗜好品の一つや二つ我慢できる。


「よほど首領が恐ろしいようだ」


 小さく氷を揺すって笑みを浮かべる。

 軽口を返すわけでもなく、ロウは「店主、ウーロン茶を頼む」と話を切り上げる。


「クロガネ様から話は聞いている。魔法省の人間が何やらあくどい事を考えているようだと」

「あくどい、か……まあ否定はせんがね」


 魔法省がシンジケートと交渉しようとしているのだ。

 彼ほどの地位にいる人間が裏社会と繋がりを持っていると知れ渡れば、それこそ社会を揺るがす大スキャンダルになってしまう。


 そんな訝しげな視線を受け、


「そう身構えずともいい。不利益を与えようなどという意図はない」


 クロガネがこの場に姿を現さなかった。

 多忙なことを承知の上で、可能であれば直接やり取りをしたいと思っていたようだ。


 この密会は互いにリスクが大きい。

 魔法省との繋がりを持っていると知られたなら、裏社会ではカラミティも警戒対象になりかねない。

 相応の利益がなければ続ける意味はない。


 そして、その価値を見極めるためにロウが問う。


「悪事を働くために接触してきたわけではないようだが。何が目的だ」

「敵の敵は味方……そうだろう?」


 簡潔に内容を提示する。

 カラミティにとって、そして魔法省にとっても敵となり得る存在とは――。


「……統一政府カリギュラか」


 そう呟くとカラギは「御名答」と笑みを見せる。


「政府も一枚岩ではない。特に軍部は、ラプラスシステムの掌握を目論んで暗躍している」

「軍派閥と魔法省は反りが合わないと?」

「そうだ。それも、ヘクセラ長官の施策と真っ向から衝突するくらいにな」


 完全に利害が対立しているのだと。


 規模で言えば魔法省は巨大だ。

 社会全体の治安を守るため、各所に支部を置くことで緊急事態にも迅速に対処できる。

 最近では、TWLMツウェルムを始めとした次世代の対魔武器もCEMケムから提供されている。


 だが、軍務局の戦力は未知数だ。

 特に汚染された封鎖区域では、等級の高い魔物が隔壁付近で暴れることも少なくない。

 それを退けているとなれば侮れない。


「悪魔堕ちの存在は知っているだろう?」

「あの化け物か」


 過剰なエーテルの吸収によって魔女が変異した姿。

 現状でも多くの謎に包まれているが、フィルツェ商業区での事変によって僅かだが手掛かりを得られた。


「軍部はアレに支配されている。いずれ議会も呑み込んで、デカいことを仕出かすことだろう」

「何を目的に?」

「さてな。独裁者の思考なんて理解したいとも思えんさ」


 軍務局の動向自体には確証を持っているようだ。

 だが、手を組んでいない現状でそこまで明かすことはない。

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