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295話

 信仰の失われた現代社会。

 計り知れない可能性を持つエーテルの発見によって、様々な自然現象が解き明かされる。

 魔法と呼ばれる奇跡のような現象さえも原理を説明できるようになったことで、超常的な力を由来とする伝承の数々が神秘性を剥がされてしまったからだ。


 そんな中でも、どこからか新たな信仰が芽吹く。

 大半は踏み荒らされ開花することなく消えていくが、極稀に集団として規模を拡大させることもあった。


「トリリアム教会、ね」


 マクガレーノが小さく呟く。


 今の時代に勢力を伸ばす宗教など大半が弱者のためのカルトだ。

 三等市民向けの耳障りの良い言葉と、体制を批判するような都合の良い教義。

 鬱屈とした人生を過ごす者たちを扇動するのは大した労力ではない。


――ユリンホーフ居住区、D-4。


 二等市民と三等市民が暮らす比較的貧しい地域。

 その中の一区画に、今回の目的であるトリリアム教会が拠点を構えている。


 やや寂れたような外観だ。

 外観は街並みに溶け込んでいるようで、しかしどこか異質な"何か"を感じさせる。

 それは直感的なものだけではない。


(……ここが居住区指定を受けているですって?)


 有り得ない。

 意識しなければ気づけないほど微かだが、本来の居住区よりも空気が悪い。

 長居すれば肺を冒されそうな濁り方をしている。


――エーテル指数:5.4


 マクガレーノの手首には小型の計測器が取り付けられている。

 対魔女用というよりは、どちらかといえば空間を対象にしたエーテル検知器のようなものだ。

 他にも様々な機能を備えているが、ともあれ。


(何かを隠しているのは間違いないわね)


 居住区指定を受けられるラインを僅かに超えた地域が放置されている。

 そんな時は決まって何らかの陰謀が潜んでいるものだ。


 警戒しつつ、木製の大扉をノックしようとすると、


「――ようこそ、カラミティの使者」


 まるで来客のタイミングを知っていたかのようにドアが開かれる。

 覗き窓などがあるわけでもない。

 そもそも、出迎えた女性は目元を黒い布で巻いて隠しているため視界も明瞭ではないはずだ。


 中性的な柔らかい声色。

 体型で女性だと判別が付くが、服装によっては男性と見間違えるかもしれない。


「あら、ご丁寧にどうも」


 マクガレーノは軽く会釈して出迎えを受け入れる。


 予知能力でもあるのか、それとも透視でもできるのか。

 宗教組織らしからぬカジュアルな服装をしている彼女は、一体どのような魔法を扱うのだろうか。


 トリリアム教会を率いる女性――"カフカ"と呼ばれる人物は、素性こそ不明だが魔女であると噂されている。

 でなければ、こんな空気の悪い場所に拠点を構えては居られないはずだ。


 目の前の人物こそ首領なのだと確信してしまう。

 異様な気配を纏う彼女は、これまで見てきたカルト団体と似通った気味の悪さを感じられる。

 人々はそれを"カリスマ性"とでも呼ぶのだろうが。


「さぁ、こちらへ。案内しよう」


 演劇の登場人物のような振る舞いだ。

 マクガレーノは招き入れられるがまま、教会に足を踏み入れる。


 煤けて色褪せた礼拝堂。

 古びた椅子が並んでいるが、最低限の補修はされているらしい。

 過度に内装を整えずにいるのは、礼拝に訪れた者たちに金の気配を感じさせないためだろう。


「……」


 嫌に甘ったるい香りがする。

 燭台に灯るロウソクは、何かしら精神作用を及ぼす成分を振りまいているようだ。


「どうかな、貴女の感想を聞きたい」

「悪くはないけれど、アタシの趣味じゃないわね」


 教会そのものを拠点として運用している。

 目に見える範囲だけではない。

 古びた外観を隠れ蓑に、恐らくは地下にもスペースを広げているのだろう。


 何も知らずに縋り付いてきた者たちは、この香りと彼女の言葉によって絡め取られてしまうのだ。

 賛同者を募るのではなく洗脳によって規模を拡大させる。

 そういった手口を選ぶ程度には倫理観が死んでいるらしい。


「それは残念」


 精神汚染が失敗したことに対してか、それとも本心から教会を気に入っての発言なのか。

 いずれにしても、既にトリリアム教会は仕掛けてきている。


 前提として犯罪組織同士の会合だ。

 甘えた考えはしていられないが、それでもこれは友好的とは言い難い。

 試し行為にしても過ぎた真似だろう。


「改めて。私がトリリアム教会のトップを務めているカフカだ」


 祭壇を背に、こちらに振り返って手を差し出してくる。

 当然ながら手を取るような事はしない。


「マクガレーノよ。職務は幅広いから省略させてもらうわ」


 情報を与えないという意図も多少なりと含まれているが、そもそも彼女が任されている仕事は多岐に渡る。

 商才を評価したクロガネから組織の財政に関わる仕事の大半を命じられているのだ。

 個人に与えるには過剰な量で、さらに言えばそれだけに留まらない別件も多く抱えている。


「首領本人が来てくれると思っていたんだけど。まあ、それに次ぐ序列の人間が来たって認識でいいのかな」

「ええ。けれど――」


 マクガレーノは牽制するようにカフカを見据える。

 これは先手を打って宣言すべき内容だ。


「――アタシは首領『禍つ黒鉄』様より、トリリアム教会をどのように扱うか裁量を与えられている。あまり、オイタはしすぎないのが身のためよ」


 彼女は仕掛けすぎている。

 これ以上は看過せず敵対行為と見做す――そう脅しをかける。


「さすがに用意周到みたいだ。悪かった、もうやめておくよ」


 抗争になれば互いに不利益を被りかねない。

 こちら側に等級の高い魔女が複数いることを知っているため、トリリアム教会にとっても得にならない。


 カフカ自身も無法魔女アウトローだとされている。

 等級こそ不明だが、高く見積もっても損はないだろう。

 カラミティに匹敵する組織規模ともなれば、場合によっては戦慄級という可能性も否めない。


 気付かれない程度に手首の端末に視線を向ける。

 画面にはエラーコードが表示されているだけだった。


(PCMは測らせてはもらえないようね)


 計測阻害装置でもあるのか、あるいはこの端末では性能不足な数値を持っているのか。

 内蔵されたPCMAは小型化されている代わりに愚者級までしか数値化できないのが難点だ。

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