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291話

「――これで全部?」

『ええ、他に"悪魔堕ち"らしき反応はないわ』


 凶暴化した魔女――悪魔堕ちの残党処理を終え、クロガネが機式の召喚を解除する。


 交戦音も途絶えた街並みは静かだ。

 魔法省の職員たちも引き上げて、戦いの爪痕だけが残されていた。


 フィルツェ商業区の大通りも無残な姿だ。

 元の世界より技術が発展しているとはいえ、それでも復旧には相当な時間が掛かってしまうだろう。


 よく知る場所が荒れ放題になっている。

 中には何度か訪れたレストランもあった。

 僅かばかりの感傷さえも抱かないように、クロガネは意識を逸らすように会話を続ける。


「軍務局は何を考えてる?」


 悪魔堕ちを生み出して混乱を巻き起こした――それだけが目的のはずがない。

 魔法省やガレット・デ・ロワに被害を与えるにしても、手段や引き際が中途半端なように思える。


『途中、悪魔堕ちを何体か回収していたようだけれど……何かの実験体サンプルにでもするつもりかしら』


 それ自体を兵器として運用するのか、それとも何らかの素材になり得るのか。

 シクスラムダのような生体兵器に改造できるのであれば確かに有用だが、よほどの代物でない限り手間に見合った価値があるとは考え難い。


「……」


 魔女が集まる場所に放たれた蜂型の魔物。

 少なくとも、軍務局は"悪魔堕ち"を量産可能な技術を持っている。


 煌性発魔剤だけに留まらず、薬剤を使用する意図がなくとも強制的に投与してしまうのだ。

 例えば、この技術をラプラスシステムによる観測機能と組み合わせられたなら。


――統一政府カリギュラは軍務局と対立している。


 ラプラスシステムが本来の方法で運用されていたなら、軍務局の目論見はスムーズに進められていたはずだ。

 より厳しい状況に立たされることになっていただろう。


 統一政府カリギュラの筆頭議員で取り込まれているのはアグニくらいだ。

 他の議員は完全管理社会の施行に様々な観点から難色を示し、先送りにする形で軍務局の目的を挫いた。

 もし彼らに武力面での対抗手段がないようであれば、カラミティという組織そのものが交渉のカードにできるかもしれない。


 と、そこまで考えた時。


『――クロガネ様、アルケミー製薬のCEOとの接触を終えました』


 屍姫から通信が入る。

 任せていた調査を終えたようだ。


 以前の抗争で命を落としたはずのレドモンド・アルラキュラスが、ヴァルマンの後任として表舞台に姿を現した。

 クロガネの立場からしても事情を問わないわけにはいかない。


 未だにアルケミー製薬がフォンド博士と繋がっている可能性もあり得る。

 社会に大きな影響力を持つ企業――その内部事情は、現在どういった状態にあるのか。


 好奇心はあるが、視界の奥に一仕事終えたアダムの姿が見えた。


「了解。後で詳しく聞かせて」


 そう言って通信を切る。

 フィルツェ商業区での一件もあるため、いずれにしても一度幹部を招集するべきだろう。


「随分と上機嫌みたいだけど?」


 アダムは嬉々とした様子だ。

 堕の円環ディプラヴィアの二人は取り逃したようだが、恐らくカラギから有利な話を持ちかけられたのだろう。


 魔法省が犯罪シンジケートと密約を結ぶ。

 それも、特務部主任という立場であるカラギ・シキシマの名を出してまで。


 ガレット・デ・ロワの活動に対して不可侵を約束する……大方その辺りだろうとクロガネは予想していた。

 当然アダムから仕掛けなければという前提だが、今の社会でこれよりも価値のある条件はない。


 それ以上のものをカラギが提案できるとも考え難い。

 あの場を無事に切り抜けるためには、最大限まで謝罪の姿勢を見せる必要があった。


「そりゃ儲かったからな」

「だろうね」


 組織として見ればガレット・デ・ロワの一人勝ちだ。

 堕の円環ディプラヴィアは少なくない被害を受け、魔法省も不利な条件を呑むことになった。

 干渉してきた統一政府カリギュラも利益はあまり得られていない。


 場を掌握する圧倒的な存在感。

 人の機微を鋭く察知して効果的に牽制する洞察力。

 悪党らしい巧みな話術で揺さぶって、自らの優位を常に握り続けていた。


 アダムの持つ特級対魔弾‐『│死渦しか』は確かに脅威だ。

 それでも、殺し合いになれば彼が一番に標的になりかねない。


 戦慄級の魔女が集い、執行官として改造手術を受けているであろうカラギもいる。

 身体能力で大きく劣るはずのアダムが、あの場では一番の強者として認められていた。

 これまでも、多くの死地を同様の振る舞いで制圧してきたのだろう。


「ウチのバカ共が世話をかけたな」

「別に、高い報酬をくれるらしいから」


 カルロも"高く付く"という条件を呑んで救援を求めてきた。

 相応の金額になることは覚悟しているだろう。

 彼個人での約束とは言え、結果的にガレット・デ・ロワ全体を支援する形となっている。


 予想していたよりも面倒な事態に巻き込まれてしまった。

 カラミティに人的被害は出なかったが、作戦行動にあたってドローンや弾薬などの物資も多く消費している。


 とはいえ、


「一つ貸しで」

「おぉ、上手く使えよ」


 まだ対等ではない。

 実力を認められているが、やはりアダムの方が上手うわてだ。


 中途半端な金銭を対価にするより組織同士での関係を重視すべきだ。

 裏社会で幅を利かせている彼にとっても"カラミティと親交がある"という噂話だけで利益となる。

 単純な武力面であれば、クロガネ側も劣らない規模になっているはずだ。


 具体性のない踏み込んだ提案だったが、アダムは逡巡もなく頷いた。

 組織的な利益よりも、この貸しをどのように活用するのかという興味が勝ったようだ。

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