290話
ヒリついた殺気を纏っている。
張り詰めた空気の中で、恐らく最も苛立っているのはクロガネだ。
一同の視線が集まっている。
緊張、焦燥、警戒――様々な目を向けられている中で、一人だけ愉快そうに嗤っている者がいた。
彼だけは何を言おうとしているのか分かっているようだ。
或いはクロガネに言わせたかったのか。
この場には様々な思惑が絡み合っている。
外部からも多くの干渉が行われていることだろう。
そんな些末な事に頭を悩ませるのは面倒なだけ。
「この場で一番強いのは誰?」
要求は至極単純。
絡まった糸を解いて整頓しろと。
登録魔女に無法魔女、執行官に大悪党。
所属の異なる強者が集っている中で、はたして誰が一番強いのか。
弱肉強食の世界だ。
こんなつまらない言葉の駆け引きより、もっと分かりやすい解決手段があるだろう。
だというのに、未だに行動に移さないでいる。
――下らない無駄話を続けて自分を煩わせるな。
全員が動き出せば、自ずと答えが出てくる。
結果の見えている賭け事にいつまでも時間を使うのは退屈だ。
当然、彼も同意見のようで――。
「――そういうワケで、歓談の時間も終いだ」
アダムが火輪に銃を向ける。
同時にレドが『魔力干渉』の用意をして庇い、視線が逸れた一瞬の隙を利用してカラギが懐で"何か"を操作する。
雷帝は逡巡するも未だ静観を続け――。
乾いた音が響く。
アダムの銃から撃ち出された弾が『魔力干渉』を展開していたレドの傍らを通り過ぎていく。
その軌道は逸れることなく直線的に、火輪の胸部を捉えていた。
死渦の弾ではない。
彼が握っていたのは骨董品レベルの実弾銃で、弾も火薬によって発射される原始的なものでしかない。
「っぁ――ッ」
火輪が呻く。
どうやら、辛うじて身を捻って急所から外したらしい。
負傷して動けない上に追い打ちをかけられて、さすがに起きていられずその場に倒れ込んでしまう。
「誰かの影響で、最近じゃ二丁拳銃が流行ってるらしいな」
実弾銃では誰も検知できない。
エーテルを宿した対魔武器とは違い、その気配を感じ取ることは不可能だ。
代わりに威力も最小限だが、使い所がないわけではない。
「仲間の命と引き換えに俺の首を狙ってみるか? なぁ、おい?」
この状況では一歩も動けない。
堕の円環が魔女同士の互助会を謳っている以上、火輪を見捨てることは組織の根本が揺らぐことと同義だ。
そもそもの話。
「こっちはな、てめぇらのゴタゴタのせいで被害を被ってんだよ」
小競り合いのために巻き添えを食らってしまった。
だからこうして、分かりやすく姿を現して彼らに機会を与えたのだ。
この俺の機嫌を取れ、と。
重要なことはただそれだけ。
それを履き違えて牽制し合っているカラギとレドに対して、仕切り直す形で再度要求する。
フィルツェ商業区はガレット・デ・ロワの縄張りだ。
既に至る所に人員が配置されている。
目に映る範囲で有利不利の奪い合いをしているようでは、その気になったアダムに瞬時に制圧されてしまうだろう。
「一番強いのは俺だ」
クロガネの問いに答えるように宣言する。
敵が魔女であろうと執行官であろうと関係ない。
稀代の大悪党"アダム・ラム・ガレット"こそ、この場を支配している強者なのだと。
それを理解できない愚図には、その身を以て思い知らせるべきだ。
ギラついた眼光に、
「……あぁ、その通りだな」
カラギがTWLMを地面に置き、両手を挙げる。
この状況で彼が取れる選択肢など限られている。
そんな中でも、未だ交渉の余地があると考えているらしい。
彼の経歴を考えれば、提案してくる内容は自ずと想像が付く。
或いは、それを差し出させるためにこの場に乱入したのだろうか。
あらゆる事態がアダムの望むがままに動いている。
縄張り内での騒動も、彼にとっては別の利益を生み出すチャンスでしかないのだ。
一方で、堕の円環側にアダムが欲しがるような代物は何もない。
それを分かっているからこそ、ゆっくりと左手を翳し上げる。
「――連中に本物の"恐怖"ってもんを教えてやれ」
左手を下ろすと同時に、無数の銃声が響き始める。
集結した構成員たちがレドと火輪を狙って総攻撃を始めたのだ。
「……」
雷帝は動かない。
圧倒的な個であっても、こうして組織の力の前に敗れてしまう。
体制側に付く最大の利点こそ易々と揺るがない盤石な地盤であり、魔法省――ひいては統一政府の存在は極めて大きい。
それを理解しているからこそ、観念して鎖を繋がれることを選んだのだ。
自分の選択は間違っていないと思い直して静観を続ける。
とはいえ、レドや火輪のような力のある無法魔女も軽視できないことは事実だ。
これほどの強者であれば、手を貸さずともこの窮地を切り抜けられるだろう。