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289話

 事情は知らない。

 目の前で睨み合っている者たちの所属も興味ない。

 様々な思惑が絡み合って起きてしまった今回の事件に対して、誰がどうということも言うつもりはない。


 シマを荒らされたから報復する。

 ただそれだけ。


 鋭い眼光でこの場を観察している。

 口元には凶悪な笑みを浮かべている。

 銃を握る姿は臨戦態勢のようでいて、しかし、自然体で佇んでいるようにも思える。


 殺し合いの場に常に身を置いていなければこうはならない。

 危険な気配を感じ取り、カラギは警戒対象を移す。


「アダム・ラム・ガレット……まさか姿を現すとは」


 尋ねずとも彼の正体を察してしまう。

 それほどの存在感を放っている。

 カラギの推測を認めるように、アダムは上機嫌に殺気を振り撒く。


 この場には所属の異なる強者が集っているが、中でも彼は別格の気配を纏っていた。


 何よりも恐れられる裏社会の大悪党。

 交友関係も一流の悪党のみに限られているというが、その友人の一人には――。


「……来てしまったか。あぁ、どうにもならんな」


 傍らにはクロガネの姿もある。

 戦意は感じられないが、状況によっては介入してくるかもしれない。


 カラギが最も恐れていた事態だ。

 こうも入り乱れてしまっては敵味方の整理も付かない。

 誰かと利害が一致することもないだろう。


 そんな状況下で、アダムは最初の標的を定める。


「部外者は失せろ」


 数秒の猶予を与えて警告――そして銃声。

 彼の言葉に即座に反応しなかったプロトが、死渦しかの特級対魔弾によって胴体を撃ち抜かれる。


「あははっ……あはっ、はっ……?」


 まるで痛みを感じていないように嗤う。

 傷はすぐに再生するのだから、何も気にすることはない。


 そう思っていたが、高出力のエーテルを帯びた対魔弾は傷口を焼き固めて再生を阻んでいた。

 胴体を貫通した対魔弾は、そのまま三又の尾も根元から焼き切っている。


 致命傷ではない。

 再生にも多少時間がかかるだけ。


 だが、体の欠損は彼女の戦意を削ぐには十分だったらしい。


「あー……帰る」


 先ほどまでの様子とは一変して、プロトが冷めた顔で呟く。

 周囲を気にする様子もなく"空間の歪み"を生み出して、その奥に消えていった。


 アダムの視線が次に移る。


「で、どいつを殺せばいいんだ?」


 フィルツェ商業区での騒動について責任の所在を問う。

 魔法省と堕の円環ディプラヴィアが衝突する直前に、ガレット・デ・ロワが所有するホテルが魔法によって倒壊したという。


 当然だが事態はそれだけに留まらない。

 これだけの被害規模となれば、今後の稼業に多大な影響を及ぼすことは考えるまでもない。

 彼が牛耳るシマを踏み荒らしたのだから、生半可な詫びで済むはずがなかった。


「なぁ、おい。黙ってんじゃねえよ」


 アダムは気長な性格ではない。

 引き金には指を掛け、軽くだが力を込めている。


 元凶を大人しく差し出せ――と、カラギとレドに眼光で語る。

 今回は魔女一人それで手打ちにしてやると。

 その要求にカラギがすぐに食い付く。


「我々は別件の捜査で雷帝を向かわせていた。情けない話だが、偽りの情報を握らされてしまったようでな」


 この一件は堕の円環ディプラヴィアが仕組んだことで、自分たちはガレット・デ・ロワに不利益を齎す意図はなかったのだと。

 そしてまた、これほどの被害が出れば魔法省は出動せざるを得ないのだと。


「おぉ、そいつはまた魔法省らしい失態だ」


 弁解の言葉を嘲笑いながら、今度は火輪に視線を向ける。

 先ほどの戦闘で負傷して身動きが取れず、レドに体を支えられている。


魔法省バカを潰すつもりが返り討ちに遭ったらしいな?」


 どう見ても攻撃を避けられる状態ではなかった。

 銃口を向けられている時点で死は免れない。


 アダムに直接的な損害を与えたことは否定しようのない事実だ。

 そして、無様を晒している現状も。


 そんな姿を嘲笑って、今度はアダムの視線がカラギに向けられる。


「てめぇがドンパチやらかしたのはあいつらだけか?」


 堕の円環ディプラヴィアだけを捕縛するために、これだけの戦力を投入したのか、と。

 そんなことは返事を聞くまでもない。


 登録魔女との交戦でカルロが大きく負傷してしまった。

 クロガネが近くで待機していなければ危なかっただろう。

 現在は他の構成員と合流して治療を受けているが、すぐに現場に復帰することは難しいはずだ。


 手を出されたなら報復しなければならない。

 これは裏社会のルールだ。


「……ッ」


 不幸なことに、特務部主任の立場にあるカラギは事情を知っている。

 堕の円環ディプラヴィアの排除と同時に、近辺に潜むシンジケートを叩こうとして戦力が集められたことを。

 そして、それを指示した人物こそ魔法省長官ヘクセラ・アーティミスに他ならない。


 軍務局の介入によって登録魔女の多くが被害を受けている。

 誰が手出しをしたかは不明だが、少なくともこの状況で無事とは思えない。

 怒りを鎮めようにも差し出せる身柄が無かった。


「言い訳くらいは聞いてやる。好きなだけ考えとけ」


 見透かした様子でアダムが嗤う。

 彼に嘘偽りは通用しない。

 少しでもマシな言葉を捻り出して、機嫌を戻してもらえるように詫びるしかないのだ。


「だが、まぁ――先にてめぇのドタマをぶち抜いてやる」


 アダムが火輪に銃口を向け――トリガーを引く。

 同時に視界が激しく明滅し、撃ち出された特級対魔弾は――彼方へ軌道を逸らされる。


――『エーテル干渉』


 レドが対魔弾を防いだらしい。

 この威力でも手を翳すだけで干渉できるようだ。

 

「そいつを差し出せ」


 レドに銃口を向ける。

 それで手打ちにしてやると。


「断る」


 脅しに屈するつもりはないと示す。

 もしアダムの武器が手元にある銃だけなら対応可能だ。

 警戒すべきは伏兵の存在だが、他に殺意を向けられている気配はない。


 むしろ、この状況を好機だとさえ捉えていた。


「戦慄級『雷帝』と『禍つ黒鉄』……お前たちも堕の円環ディプラヴィアに加わらないか?」


 どちらからも敵意を感じない。

 雷帝はカラギと連携を取ろうとする素振りさえ見せず、クロガネも生身のアダムを前に立たせて静観を続けている。

 二人とも堕の円環ディプラヴィアを値踏みしている様子だ。


 魔法省を互角に渡り合えるほどの戦力を保有している。

 軍務局の介入がなければ、その大半をレドが制圧していたのは確かだ。


 魔女同士、実際に対峙してみて"格"を測ることができる。

 この場を支配している強大な魔力の持ち主は彼女だ。


――均衡が崩れる。


 もはや考えるまでもない。

 既に雷帝は魔法省側の戦力ではなく、あと一度でも言葉を投げかけられたら裏切るだろう。

 そもそもが完全管理社会という脅しによって投降した無法魔女アウトローなのだから、その首輪が無ければ飼い慣らせない。


 ラプラスシステムは万能ではない。

 その事実に気づいて、かつ堕の円環ディプラヴィアという組織に可能性を見出してしまったのなら。


「ここには"自由"がある。魔法省にも統一政府カリギュラにも縛られない、本物の自由だ」

「その保証がお前というわけか」

 

 雷帝がレドを見据える。

 ここまで力強く演説されて気づかないはずがない。


堕の円環ディプラヴィアのリーダー……か」


 大規模な魔女連合を率いるだけはある。

 彼女自身が他の誰よりも強い魔力を持っているのだから、その庇護下に置かれることは大きな利点だ。


 現在はギリギリのところで均衡が保たれている。

 だが、雷帝が魔法省を裏切るとなれば事態は急転する。


 この誘いを拒む理由はない。

 元は無法魔女アウトローである雷帝に、魔法省が脅威でないことを示しているのだ。

 魔女名簿に登録した事情を知っていれば尚更だ。


「……ッ」


 カラギの額を汗が伝う。

 この場で最も窮地に立たされているのは彼だ。

 雷帝が寝返れば孤立してしまう。


 いつ事態が動き出すか分からない。

 張り詰めた空気の中で、あと一つでも言葉を発したなら。


 各々が己の利を問う中で――。


「――あのさぁ」


 その思考を不機嫌そうな声が遮る。

 静観していたクロガネだったが、自分の名を挙げられたため少しだけ介入することを決めた。

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