表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
288/325

288話

「ッ……まあ、予想はしていた」


 TWLMツウェルム――壱式"ナラクバチ"を突き出した体勢でカラギが呟く。

 異変を察知した彼は即座に危険因子を排除しようと試みた。


 一切の躊躇もせず、想像し得る限り最短で判断した。

 常人であれば攻撃を認識する間もなく命を落としているはずだが、


「やはり魔法省おまえたちは命を軽視している」


 火輪に向けられた鋭い一撃を、フードを被った少女が受け止めていた。

 その瞳には大きな失望が窺えた。


 直後に殺気が膨れ上がり――カラギの体に強烈な一撃が叩き込まれる。

 建物の壁に叩き付けられて意識が飛びそうになるも、辛うじて気合いで繋ぎ止めた。


「ぐッ……このままでは甚大な被害が出てしまう。退いてくれないか」


 カラギは心の底から懇願する。

 既に火輪は"完成された煌性発魔剤"を投与されている。

 魔力が制御不能な状態に陥っており、このままでは存在そのものが変異してしまう。


 魔女の体組織が変異することで生まれる、魔物とは異なる脅威――"悪魔堕ち"とは変異後の呼称であると同時に、変異現象そのものを指す。


 致命傷を受けた時か、その前後かも分からない。

 だが、既に仕込まれているのは確かだ。

 火輪は戦慄級の魔女――どれほどの化け物が生まれてしまうのか、恐ろしくて想像もできないくらいだった。


 だが、そんな頼みに興味を示さず、


「退く理由はない」


 カラギから視線を外して火輪に向き直る。

 魔力の変異に抵抗して苦しんでいた。


 少女はゆっくりと歩み寄って、そっと手で触れる。


「――『エーテル干渉』」


 何も特殊な技術はない。

 ただエーテルに干渉するだけの至ってシンプルな能力だが――。


「ッ――まさか」


 カラギが思わず声を漏らす。

 火輪の変異が止まり――それどころか、元の正常な状態に戻っていく。


 常軌を逸した魔力を持つ彼女だからこそ可能な芸当だ。

 投与された"異物"を取り除くように干渉し、さらにエーテルを強引に正常化させたのだ。

 変異の兆候も消え失せている。


――堕の円環ディプラヴィア


 無法魔女アウトローによる互助組織から発展したテロ集団。

 多くの実力者が集うこの組織を取りまとめる者こそ、


「……レド」


 火輪が呟く。

 未だ負傷による痛みは残っているものの、変異が治まったおかげで落ち着いている。


 とはいえ、戦闘の継続は厳しい。

 周囲に悪魔堕ちが跋扈する現状で、身動きの取れない火輪は足手まといになってしまう。

 抱きかかえながら――レドがカラギを見据える。


「魔法省も軍務局も関係ない。堕の円環ディプラヴィアは人間社会を壊滅させる」


 なぜ、と尋ねるまでもない。

 カラギも理解している。


 登録魔女と無法魔女アウトロー

 法律によって定められたこの区分自体が最たるものだ。

 生身の人間とは違い、危険な力を持つために自由権を侵害されている。


 全ては社会秩序のため。

 やむを得ない理由ではあるものの、当事者である魔女にとって納得できるものではない。

 だからこそ管理を拒み裏社会に身を隠してしまう。


 と、ここまでは表向きの話だ。


「魔女の犠牲を前提としたこの社会を享受している。人間はみな同罪だ」


 レドは知っているのだろう。

 この社会がどのように成り立っているのかを。


 CEMケムによる非道な人体実験もそうだが、その比ではない邪悪を敷き詰めた場所で人々は生活している。

 その事実を知る者はごく一握りの特権階級のみ。


 即ち、一等市民だ。


「……そうか」


 カラギは体中の痛みに呻きつつ、荒く息を吐いて呟く。

 どうやら堕の円環ディプラヴィアは、自分たちと手を取り合える組織ではないらしい。


 僅かばかり抱いていた期待を諦めナラクバチを構える。

 当然だが、この武器も彼女にとって憎悪の対象だ。


 携行型-体組織変異兵器――TWLMツウェルム

 CEMケムによって生み出された悪魔の武器。

 魔物の生体パーツを素材としているが、動力部や回路に魔女が用いられていることは公表されていない。


「ねーえー、いつまでお喋りしてるの?」


 プロトが退屈そうに尾を揺らめかせる。

 争いが発生するかと思えば、睨み合って言葉を交わすだけ。


 そんな彼女をカラギは一番警戒していた。

 言葉が通じるようで通じない。

 理性があるようだが、存在としては悪魔堕ちと呼ぶべきなのだろう。


 魔人のなり損ないとはいえ、この場で暴れられると対処が難しい。

 幸いこの場には雷帝も同席しているが、元無法魔女アウトローである彼女を信用しきれない。

 レドの力を見た後では、こちらを裏切る可能性も否めなかった。


 現に、この対立の中で彼女は静観に徹している。

 想定していた中で最も面倒な事態になってしまった……と、カラギが嘆息する。


 機動予備隊に頼るべきか、逡巡すると同時に――。


「――よぉ。盛り上がってるじゃねえか」


 ドスの利いた声が全員に投げられる。

 ビリビリと肌を刺すような殺気が一帯を支配する。


 魔法省が手出しを躊躇うほどのシンジケート――ガレット・デ・ロワ。

 捜査に乗り出した者の多くが消息を絶っており、生還した者も恐怖に支配されて口を閉ざしたまま。

 裏社会で存在を示しながらも、これまで魔法省に足跡の一つも掴ませることはなかった。


 そんな組織の首領が、堂々と表に姿を現す。


「人様のシマで何してんだ? あぁ?」


 抑え切れない憤りをぶつけるため、この場を掻き乱しに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ