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287話

 その光景を見て、少女――プロトが嗤う。


 穿った尾が角度を変え、火輪のお腹を巻き取るように絡み付く。

 痛みに呻いている暇もなく尾が収縮を始め、


「ッ――『炎剣輪舞』」


 周囲に無数の『炎剣』を生み出す。


 相手は小柄な少女の姿をしているが凄まじい魔力を持っている。

 得意としている接近戦を行うより安全な距離を保つべきだ。


 そう思っていたが、攻撃を阻むように巻き付いていた尾が火輪の胴体を強く締め上げる。


「あぐッ――!?」


 万力に押し潰されるような締め付けだ。

 意識が飛びそうになるも辛うじて持ち堪えたが、集中が途切れたことで『炎剣』が消失してしまう。


「おいで?」


 視界がぐるりと回転する。

 針にかかった魚を手繰り寄せるように、火輪の体がプロトに引き寄せられる。

 抵抗もままならず、そのまま捕まって――。


「――『断空』」


 エーテルの刃が空間を切り裂く。

 プロトの尾を切断して、空中に放り出された火輪を"フードを被った少女"が抱き留める。


「間に合った……とは言い難いな」


 周囲の惨状を目の当たりにして、少女が顔を顰める。

 先ほどの忠告を思い出したからだ。


「あの言葉に偽りはなかったか」


――魔女を凶暴化させる生体兵器が投入されている。


 何やら事情に詳しいらしいカラギから聞いた話だ。

 その言葉に偽りはなく、双方に所属している魔女が何人も被害を受けていた。

 軍務局の幹部らしき者も姿を見せている。


 もちろん全てを鵜呑みにしたわけではない。

 相手は対立組織である魔法省の幹部だ。

 もし嘘を吐いているようであれば、次は命を奪うつもりでいた。


 だが少なくとも、この場では多少の信用を預けてもいいらしい。


「非常事態だからな。当然だとも」


 十秒ほど遅れてカラギが到着する。

 人外じみた力を持つ少女に、ほとんど差をつけられずに追い付いてきたらしい。

 あの場に残っていた仲間に指示を出した上で……となれば、なおさら薄気味悪く思えた。


「あはは! 邪魔された!」


 尾の切断面を見つめてプロトが笑う。

 彼女にとっては些細な問題だ。

 何秒と経たずに硬質な先端部分が再生して、何事もなかったかのように揺らめき始める。


「あれが魔人か」


 カラギが呟く。

 エーテルの突然変異によって体組織が作り変えられた魔女。

 その中でも、理性を残している稀有な個体。


 彼も実際に目にするのは初めてのことだった。

 だが、その存在を知っている。


「人間社会に仇なす化け物……その筆頭」


 TWLMツウェルム――壱式"ナラクバチ"を起動させる。

 目の前にいる相手は、魔法省として決して見逃してはならない危険因子だ。


「ねえ、こっちでいいの?」


 プロトが無邪気に尋ねる。

 武器を向ける相手がこちらでいいのか……と、疑問を抱いてしまうほどの愚行に思えてならない。


 もっと危険な敵がすぐ近くにいるというのに。


「ねえねえ――あはははは!」


――直後、一帯に激しいノイズが走る。


――フィルツェ商業区全体を揺さぶる激しいエーテルの波。


――その発生源は。


「火輪……ッ!」


 少女が驚きの声を上げる。

 抱えていた火輪から凄まじい量の魔力が吹き出して、距離を取らざるを得なかった。



   ◆◇◆◇◆



「……ッ」


 現場に到着したクロガネは、その惨状に息を呑む。


 建物を溶かすほどの灼熱が吹き荒れ、周囲には"悪魔堕ち"らしき影が幾つも蠢いている。

 魔法省も堕の円環ディプラヴィアも甚大な被害を受けているようだ。


 軍務局の介入によって混乱状態になっている。

 互いに一時的に停戦して、この非常事態に対応しているようだ。


 至るところで銃声が響いている。

 その内の一つはかなり近い。

 それどころか、凄まじい速度で近付いてきている。


――『探知』


 まもなく、建物の影から一人の魔女が飛び出そうとしている。

 その背後には悪魔堕ちらしき反応が複数――ノイズのせいで正確な数は把握できない。


 足音に意識を向けて、迎撃しようと構える。


「まぁ待て」


 上機嫌なアダムがそれを制止する。

 自分のシマがこれだけ荒らされているというのに、まるで気にした様子を見せない。


「こいつはさっきの礼だ。銃の使い方ってもんを教えてやる」


 裏社会で名前の知れ渡る凄腕の殺し屋に対して、彼はそんなことを言う。


 当然だが基礎的な内容ではない。

 応用でも発展でもない。

 そんなものを今さら学び直す必要はないだろう。


 手に馴染むほど銃を扱ってきたクロガネにも、まだ習得していない技術があるのだと。

 逆に言えば、そこまで至らなければ気付けない境地がある。


 それを見せるだけの価値があると。


「……」


 クロガネが初めて彼と対面した時のように、銃を向けることで人を見極めることもある。

 ただ単に銃を武器として使っているわけではない。


 殺しの技術だけに留まらない銃の扱い方。

 それが気にならないはずがない。

 当然ながら簡単に言語化できるようなものではないが、それを感じ取って学べということなのだろう。


 特に狙いを定めるような様子もなく、タイミングを計るわけでもなく。

 自身の行動に何も疑問も抱いた様子はなく。


 全てを知っているかのように、気楽な顔をして引き金に指を掛ける。

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