表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
285/326

285話

 フィルツェ商業区を牛耳る犯罪シンジケート――ガレット・デ・ロワ。

 その稼業は薬物や武器類の売買から娼館経営まで様々だ。


 特にシンジケート同士の抗争では金銭を惜しまず、一帯の被害すら考慮しない無慈悲なやり方を好む。

 荒事で他組織を捻じ伏せ、また商才においても非の打ち所がない。

 組織拡大のためなら手段も労力も問わず、一切の妥協もせずに突き進む。


 誰もが敵対することを恐れ顔色を窺っている。

 以前は手を出そうとしていた魔法省でさえ、規模の拡大した現在では最低限の監視しかしていない。


 そんな組織の首領、アダム・ラム・ガレット。

 稀代の大悪党にして恐怖の象徴である彼が、酷く殺気立った様子で姿を現す。


「よぉ、禍つ黒鉄」


 強烈な殺気を纏いつつも、その声色は友人と出会ったような嬉々としたものだ。

 あるいはこれが彼の本来の姿なのだろう。

 静かに佇んでいるが、その内側では暴力的なまでの"悪"が煮え滾っている。


 アダムは視線を左右させ、状況を確認する。

 構成員であるカルロが負傷して、真兎に体を支えられている。

 その近くで二人を庇うように色差魔が立っており、前方では道を譲ったクロガネが自然体で佇んでいる。


 そして、その奥に佇む軍服姿の少女。


「あぁ――」


 アダムが睨むように少女を見据える。

 異質な気配だが知性はある。

 商業区内で発生している"凶暴化した魔女"とは少し違うらしい。


「俺のシマで、断りもなくドンパチやらかしてるのはテメェか? おい」


 苛立ちを露わにして、殺気を放ちながら銃を抜く。

 ラフな形で片手で構えているが、その射撃の精度は訓練を積んだ軍人よりも上を行く。


「人間に何ができ――」

「名乗れ」


 ドスの効いた声が場を支配する。

 生身の人間とは思えないほどの威圧感を放ちながら、アダムが再び命令する。


「名乗れよ。テメェみたいな魔女モドキにも、識別番号くらいはあるだろうが」


 安い脅しと挑発。

 そこに価値を上乗せさせるだけの格を彼は備えている。


 愛用しているリボルバー"Miige-Rミリガール38"を突き付ける。

 それだけで、アダムは既に自分が優位に立っているのだと示す。


「たかだか銃の一つで――」


 光剣を構え、アダムの首を刎ねるべく少女が駆け出そうとする。

 同時に銃声が一つ響いて、凄まじいエーテルを宿した弾丸が撃ち出される。


「馬鹿が」


 装填されているのは特級−9mm対魔弾『死渦しか』だ。

 戦慄級の魔物の核部分を用いた貴重な代物で、その威力はクロガネの生成するタキオン弾よりもさらに高い。

 射撃と同時に着弾するほどの弾速を誇り――少女の認識を超えた一撃が光剣を根元から圧し折る。


 アダムは人を"観察する"事に長けている。

 一挙一動を注視して、その人物を見定めることで手玉に取る。

 こうして真正面で睨み合う事になれば、魔女であろうと成す術がないくらいだ。


 目の前で堂々と銃を抜こうとしているアダムを侮ってしまった。

 魔女であればまだしも、ただの人間など……と。


 その結果、少女は一歩も動くことを許されない状況に陥ってしまった。


「……ッ」


 先手を取られた時点で手遅れだ。

 もしアダムの射撃を強引に突破しようとしても、特殊弾を装填したカルロが先ほどのように妨害するだろう。


 身体能力はただの人間の水準。

 だが、彼ほど"殺し"を理解している者は他にいない。


 相手の動きを目で追えなくてもいい。

 視線や息遣い、所作の数々を観察していれば予測することは不可能ではない。

 それこそ予備動作に入る前の動きですら、アダムは既に把握している。


 彼を殺すには、彼よりも"殺し"を理解しなければならない。

 クロガネが対等な友人だと認められているのは、その技術や思考を評価されてのことだ。


「お前さんには感謝しねぇとな」


 通信端末をひらひらと振ってみせる。

 その声はアダムともう一箇所、色差魔が抱えているコードから聞こえていた。


 そして、画面に表示されている通信相手は"禍つ黒鉄"だった。


 クロガネがコートを色差魔に預けたのは、身動きが取りやすいという建前の下に"アダムに情報を流す"ことが目的だった。

 ここまでのやり取りも音声だけだが全て伝わっている。


 彼の不興を買ったのは軍務局で、その首謀者と思しき人物が目の前にいる。

 ご丁寧に位置情報まで共有して出番を譲ったのだ。


「で、どうすんだ? あぁ?」


 銃を構えたまま威圧する。

 少女が情報を吐かなければこの場で処分するつもりでいるようだ。


 こうなれば誰も逆らえない。

 反抗の意思を見せれば即座に射殺されてしまうだろう。

 ここまで強気に振る舞ってきた少女も、


「……統一政府カリギュラ軍部、軍務局長補佐ディーナ・エルベット」


 観念した様子で名を明かす。

 軍服姿の少女――ディーナは、降伏の意思を示すように両手を挙げた。


「ある計画のために素材……"悪魔堕ち"を集める必要がありました」

「その悪魔堕ちってのはテメェみてえな存在のことか」

「……少し違います」


 尋問に対して苦々しげに答える。

 情報を奪われることは避けたかったが、立場上、自らの命を優先せざるを得ない。


「我々は"魔人"……そして、悪魔堕ちは自我の消失してしまった魔人のなり損ないのことを指します」


 フィルツェ商業区に堕の円環ディプラヴィアと魔法省の魔女が集まる。

 それを事前に把握していたディーナは、一連の争いを利用するために色々と仕込んでいたらしい。


「我々の目的は――」


 アダムの殺気に圧されて目的を明かそうとした時。

 これまでにないほど激しいノイズが、フィルツェ商業区内に走った。

あけましておめでとうございます

本年もよろしくお願い致します

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あけましておめでとうございます
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ