284話
現状、敵の能力で判明しているのは光剣のみ。
他にも手札を隠しているだろうが、少なくとも今は近接戦闘の態勢だ。
最初の一手はこちら側が握っている。
その技量を確かめるように銃を構え――。
「――ッ」
銃弾をバラ撒く。
同時に少女は光剣で払うように叩き落とす。
「お次をどうぞ」
余裕の笑みを浮かべて挑発する。
何度でも同じ芸当をできるのだと、自らの実力を示すように。
クロガネはあえて挑発に乗る形で再度銃撃を行う。
わざわざ敵側から実力を見せてくれるというのだから試さない手はない。
先ほどとは違い、やや射撃のテンポを崩しながら狙い撃つ。
しかし、それも容易く弾かれてしまう。
少女は余裕の笑みを保ったままだ。
全ての弾の軌道を正確に見切っている。
それこそユーガスマに匹敵するほどの動体視力のようだが、少女は目隠しのような布を巻いている。
何らかの能力なのだろうが、どちらにしても通用しないのは確からしい。
クロガネは再び銃を構える。
その姿を見て少女は嘲笑うように、
「それはもう飽きました」
光剣を真横に突き出すように構え、攻勢に出ようとする。
だが、クロガネはそれを押し留めるように魔力を銃に込め――『装填』
「もう少し味わっていきなよ」
三度目の銃撃で、少女の顔から笑みが消える。
これまでとは異なる性質の銃弾が、反応しきれないほどの速度でバラ撒かれたからだ。
「ッ――」
それでも大半は光剣で防ぎ、残りは体を捻るように回転させて躱す。
僅かに肩を掠めたが戦闘に影響は出ない程度だ。
通常のものよりも遥かに性能を高めた『タキオン生成』による特殊弾。
殺傷力は極めて高く、それこそ上位の魔女にも通用するほどの威力を誇る。
これが交戦中に何度も放たれるとなれば脅威だ。
「……銃使いの無法魔女」
少女はクロガネを改めて見つめ、納得したように呟く。
これまで何度か軍務局と交戦したため、報告が上がっているのだろう。
依然として敵の方が優位だ。
警戒させる程度には実力を示したが、かといって撃退できるかと問われれば否だ。
あくまで"玩具ではない"と理解させただけに過ぎない。
これが好戦的な相手であれば遊び相手と認識されかねないが、目の前の少女は理性的なように見える。
危険因子ではあるが脅威ではない――となれば、
「計画に支障が出る前に消えてもらいます」
瞬時に距離を詰めて、光剣を突き出す。
両手にそれぞれ銃を握っている状態で受け止めるものはない。
だが、躱すことはせず銃に魔力を込める。
「――『障壁』」
破壊の性質を宿した魔力を纏わせ、銃身で受け流すように光剣の軌道をズラす。
想定より重い一撃だったが『能力向上』の出力を上げて強引に弾く。
クロガネはもう片方の手で銃を突き出し、腹部に押し付けて至近距離で弾を撃ち込む。
「ッ……」
タキオン弾が胴体に直撃する。
だが少女は軽く呻く程度で、傷口もすぐに塞がってしまう。
そのまま怯むこと無く光剣を引き戻し、横薙ぎに振るう。
「チッ――」
被弾をものともせず反撃してくるのは予想外だった。
これだけ接近している状況では躱せない。
舌打ちつつ、銃を交差させて光剣を受け止める。
障壁は光剣を防げる強度を持っているが、純粋な力比べでは分が悪いらしい。
片手で振るわれた光剣を両手でなければ防げない。
その様子を見て少女は笑みを浮かべ、
「排除します」
もう片方の手にも光剣を生み出す。
同時に後方から銃声が響いて、その光剣ごと少女を仰け反らせる。
カルロが仕掛けたらしい。
事前に渡していた弾薬を上手く活用している。
先ほど蜂型の魔物を撃ち落とした際に威力のイメージを把握したようだった。
その隙にクロガネは少女を蹴りつけるようにして距離を取り、再び『装填』を行う。
「……計画を変更しなければ」
ここに来て初めて少女が苦々しげに呟く。
想定よりもこちらの戦力が高く、大きく時間を割くことになってしまった。
商業区内には魔法省の戦力が集中している。
そして堕の円環も。
カラギが上手く動いていれば、一時停戦してトラブルの対処に当たっているかもしれない。
これは何かを企んでいる軍務局にとって好ましくない状況だ。
恐らく主力であろう彼女が、いつまでもこんなところで手を煩わせているわけにもいかないはずだ。
「計画? 好きにすればいい」
クロガネはどうでもいいといった様子で肩を竦める。
堕の円環と魔法省の争いに介入するつもりもなければ、軍務局とこの場で衝突する意味も無い。
始めからクロガネは"道を開けないなら敵対したと見做す"と宣言している。
ただそれだけのことであって、行く手を阻まれたから排除するまでだ。
とはいえ、目の前の少女は最も重要な点を見落としている。
絶対に無視してはならないはずの人物を。
「けどさ――」
半分は嘲笑、半分は哀れみで。
後方から聞こえてきた殺気立った足音に、その人物の到着を確信する。
「――フィルツェ商業区の主に確認は取った?」
そう尋ねて、クロガネはエーゲリッヒ・ブライの召喚を解除して端に移動する。
ここから先は当事者同士で殺り合ってもらえばいい。