283話
軍務局、それも幹部であることは間違いない。
以前対峙したテロメアに近い気配だ。
一帯に断続的なノイズが走っている。
気分が悪くなるようなエーテルの揺らぎを感じながら、クロガネは敵の出方を窺う。
「けれど都合が良いですね。有用な素体です」
懐からオートインジェクターを取り出す。
つい数時間前、登録魔女が使用した直後に変異したものと同じ容器に入っている。
――軍務局は何か意図を持って、魔女を凶暴化させている。
探りを入れたいが先に相手の実力を見る必要がある。
先ほどの一撃から、少なくとも先頭を張る色差魔では厳しいように思えた。
同じ攻撃を何度も躱せるか怪しい。
「道を開けないなら敵対したと見做す」
クロガネが銃口を向けて警告する。
相手が通常の魔女とは異なるため、自分の実力がどの程度通用するか測りかねてしまう。
「魔女風情が楯突くつもりですか?」
「魔女モドキの相手をしてる暇はないんだけど?」
こちらを見下すような態度に、即座に挑発を返す。
どちらが生物として優れているかなどはどうでも良かったが、相手はそうでもないらしい。
ほんの一瞬だけ、僅かだが苛立ちを見せている。
「であれば、お望み通り殺して差し上げましょう。命乞いをする暇さえ与えずに」
少女が手を前に翳す。
トンネル内が薄暗かったため気付かなかったが、その手は魔法物質か何かのように結晶化していた。
「――『斬界ノ理』」
手先から伸びる蒼白い光剣。
エーテルを形成し生み出した刃が、彼女の用いる主な武器なのだろう。
その光に淡く照らされながら、少女はゆらりと体を脱力させ――標的を定める。
「――っ!?」
直後には、色差魔の視界にクロガネが割って入っていた。
突き出された光剣を上級−刀型対魔武器『死渦』で受け止め、軍服の少女と睨み合っている。
「これは驚きました。商業区内にまだ手練れが潜んでいたなんて」
確実に仕留めるつもりだったらしい。
少女は驚きを隠すこともせず、攻撃を防いだクロガネを素直に称賛する。
鋭く急所を穿つように突き出された光剣。
その一閃に無駄はなく、命を奪うための最短を選んでいるように見えた。
殺し慣れている者の思考だ。
「……チッ」
そんな相手を眼前に見据えながら、クロガネは厄介そうに舌打つ。
軍務局が意図的に魔女を凶暴化させている。
魔法省と堕の円環の争いを利用して、何かを引き起こそうとしているのだ。
統一政府とは明らかに違う動きだ。
特権階級という立場を存分に利用しつつも、少なくとも危険因子を排除するなど政府機関としての役割は果たしている。
当然、手段の善悪を問わなければの話だが。
対して、軍務局は自ら危機を招いている。
光剣とは反対の手にはオートインジェクターが握られている。
中身は煌性発魔剤が充填されているのだろう。
それがろ蜂型の魔物に取り付けられていたものと同じ成分であれば、投与された瞬間に変異が始まってしまう。
隙を見てこちらを変異させようとしている。
剣を押し返して距離を取りつつ、クロガネは後方を庇うように立つ。
「シキ」
「大丈夫。戦力になれる」
色差魔は臆せず銃を構えている。
間違いなく格上の相手だが、それでも自身の能力なら通用すると考えていた。
「下がって」
クロガネが再度、色差魔に指示を出す。
先ほど光剣を防いだ際に彼女は目で追いきれていない様子だった。
近くにいても足手まといになってしまうだろう。
コートを脱いで色差魔に預け、手で押して下がらせる。
瓦礫の多いトンネル内では身動きが取りづらい。
少しでも身軽な方が楽だと、余計な装備も解除していく。
本物の強者が相手であれば、通用するものも本物でなけらばならない。
有象無象に使うような粗悪な装備は不要だ。
「機式――"エーゲリッヒ・ブライ"」
使い慣れた二丁拳銃を呼び出して、クロガネは目の前の少女を睨み付ける。
「フィルツェ商業区でテロが起きることを事前に知っていたってこと?」
「わざわざ言葉にする必要は無いと思いますが」
この場にいる時点で予見している。
堕の円環内部にスパイを潜り込ませているのか、或いは、
「軍務局はラプラスシステムを本来の形で運用している」
完全管理社会の実現。
本来であれば、あらゆる社会の営みがシステムの監視下に置かれるはずだった。
だが、筆頭議員の過半数が反対に票を入れたことで目論見とは違う形になってしまった。
社会全体を監視するには多大なリソースを割く必要があり、そうなれば現状のラプラスシステムでは魔力の大半をそちらに回すことになってしまう。
身の安全を優先したがために、公に発表されているものよりも緩い、中途半端な形で施行されている。
と、ここまでは以前アグニを尋問した際に得た情報だ。
「……なぜそれを」
「気になるなら吐かせてみなよ」
結局は強い者が正義だ。
交渉が成立する相手でなければ、後は力尽くで吐かせるしかない。
お互いに、知りたい情報を握っている。
「――『能力向上』『思考加速』」
出し惜しみはナシだ。
こちらが強者だと思い知らせなければ相手が退くことはない。
既にラプラスシステムを活用しているのであれば、Neef-4の出力制限も関係ない。
敵対したことを後悔することになる。
軍務局であろうと、手を煩わされた分の借りは返さなければならない。