279話
「まずいッ――6Λ!」
また先ほどの爆発が来る。
ジンが声を上げると、生体兵器"6Λ"が即座に敵に突撃していく。
CEMによって生み出された兵器。
その強度は生身の人間とは比べ物にならない頑丈さで、さらにESSアーマーによって守りを固めている。
輸送車両も特別製だが、6Λに搭載されているものは本体に埋め込まれたコアと繋がっている。
そして、そのコアも以前より強力なものが使用されている。
『高エネルギー反応ヲ確認。妨害装置起動』
MER――『煌現象減衰装置』を使用する。
魔女を対象とするMEDと異なり、こちらは周囲のエーテルに対して働きかけるため等級の高い魔女にも有効だ。
エーテルの流れが鈍くなっていく。
手元に集まることを阻止すれば、先ほどのような爆発は起こせない。
「……そういう事もできるのか」
一つ勉強になった。
そう呟いて、無法魔女は魔法の発動を解除する。
そのまま接近する6Λに視線を向け、
「ガラクタに用はない」
瞬時に距離を詰め、貫手で胴体を穿つ。
そして、ESSアーマーなどなかったかのような手際でコア部分を引き摺り出した。
動力を失った6Λが立ったまま俯いて停止する。
手に持ったコアはTWLMと同様に煌性動力炉を内蔵している。
素材となった魔物も含め、莫大な量のエーテルを宿している状態だ。
そんな危険物を手にして、次に取る行動はただ一つ。
内部エネルギーを全て解放して、先ほどまでと同様に攻撃手段に用いるのみだ。
「……やるしかないッ」
「うぅ、こっそり逃げたい……」
敵の周囲に凄まじい量のエーテルが漂っている。
あまりの高濃度に可視化され、オーロラのように揺らめきながらその場に留まっていた。
「フォージ、合わせてくれ」
ジンが小声で無線を入れる。
ちょうど目の前の無法魔女を挟んだ反対側で、屈強な体をした隊員が頷く。
実験体番号0009Γ――フォージが拳を構える。
彼は特殊な武器は持たず、格闘術に特化した戦闘スタイルを貫いている。
視線でやり取りをしてタイミングを計る。
強大な敵だが一人だけだ。
前後から仕掛ければ必ず死角が生まれるだろう。
二人が息を合わせ、同時に仕掛けようとした時。
「召装――"アクセラレート・ランス"」
眠たげな目をして、ハクアが動き出した。
◆◇◆◇◆
「今更なんだが、これ相当ヤバい状況じゃないか?」
カルロが顔を真っ青にして周囲を見回す。
少なくとも今のメンバーであれば安全は確保されていると言ってもいい。
命が脅かされる心配はしていない。
「アダムのこと?」
「ああ。ボスがこの光景を見たらブチギレちまうなぁって」
下手すれば「堕の円環に報復する」などと言い出しかねない。
対魔女となれば、シンジケート同士の抗争とはまた訳が違う。
だが、フィルツェ商業区はガレット・デ・ロワの縄張りだ。
小競り合い程度であればともかく、ここまで派手に荒らされてしまうと黙ってはいられない。
「カルロが首領だったら、堕の円環をどうやって潰す?」
「そりゃあ……まあ、こっちも無法魔女雇って戦力を補充するだろうな」
組織規模は不明だが、少なくともガレット・デ・ロワより所属数が多いとは考え難い。
傘下の組織も動かせるため、正規の構成員だけに留まらない。
「敵は全員無法魔女だからな。数で押そうにも限度がある」
資金力にも大きな差がある。
様々な稼業を抱えているため、互助組織程度の集まりに劣るはずがない。
等級の高い魔女も十分に雇えるだろう。
「今、どれだけの魔女が堕の円環に所属しているか知ってる?」
「……あー、三十くらいか?」
「まさか」
クロガネは肩を竦める。
名前だけ所属しているような者も含まれているが、随分と前に烟から勧誘を受けた時点で百人程だった。
時勢の流れからして更に増えていることは容易に考えられる。
大半はクロガネから見れば羽虫くらいのものだが、今回の動きを見る限り手練れが複数所属している。
真正面からぶつかり合えばカラミティでも勝算はない。
「アダムもそれくらいは予想できるはず」
「だけど、ボスが報復しないなんてことも考えられないな」
「カルロさんもドンパチやりたい感じですか?」
「んなわけあるか」
報復という言葉に目を輝かせている真兎に呆れつつ、カルロは咳払いをして話を戻す。
「なら、あんたならどうするんだ?」
「手っ取り早い解決方法が一つある」
「……お、マジで?」
危険な仕事をさせられずに済むかもしれない……と、今度はカルロが目を輝かせる。
実際にクロガネの考えは彼が期待する内容に合致していた。
「堕の円環の存在を目障りに思う組織が幾つある?」
そいつらを利用してやればいい。
組織に被害を出さず、都合良く動かせそうな相手をけしかけるだけ。
そういった意味では魔法省をけしかけることすら可能だ。
懐が痛むことなく敵に甚大な被害を出せてしまう。
フィルツェ商業区内でこれだけ派手に暴れているのだ。
作戦に参加している無法魔女の顔は大半が割れていることになる。
映像データを集めればリストの作成もできる。
この情報は今の魔法省にとって喉から手が出るほどの代物だろう。
パニックに陥って逃げ惑う市民に擬態していたとしても、顔さえ割れてしまえば騙されることもない。
「……ボスは既に動き始めているんだな?」
「そういうこと」
目に見える範囲では静観しているようだが、そんな悠長な男ではない。
アダムは誰よりも残忍で狡猾な大悪党だ。
今この瞬間も、いかにして堕の円環に嫌がらせをするか嬉々として考えを巡らせ実行しているはずだ。
当然、魔法省にも被害が出るように。