278話
周囲の建物が倒壊していく。
罠だと気付いて慌てて突破しようと試みるも、瓦礫は逃げ場を塞ぐように円を描いて壁を築いている。
ESS装置を搭載しているため輸送車両は無事だった。
だが、市街地用の装備では瓦礫を乗り越えて外に出ることはできない。
「車両を放棄する。襲撃に備えて全方位を警戒しろ」
ジンが指示を出し、後部のドアから降りて周囲を警戒する。
隊員たちも続くように降車して、ESSシールドの効果圏内に留まりつつ敵の姿を探す。
「ヘイズ、分かるか」
「……全然ダメ。爆発の影響でエーテルが乱れてる」
索敵器官が機能していない。
このために意図して派手な爆発を引き起こした可能性もあるが、そうなると機動予備隊の戦力が割れていることになってしまう。
「破壊規模がデカすぎるな。こりゃ戦慄級かもしれないぜ、隊長」
ホルスターが銃型の対魔武器を構える。
他の隊員たちも臨戦態勢に入り――。
「――ッ、上だ!」
陣形のど真ん中に割り込むような強襲。
フードを深く被った無法魔女が、上空から仕掛けてきた。
ESSシールドに飛び掛かるように手を翳す。
輸送車両に搭載されたESS装置。
そのエネルギー源は内部のエクリプ・シスに貯蔵されたエーテルだ。
シールド自体がエーテルで構成されているようなもの。
当然、生半可な力では干渉できない。
魔法による障壁と同様の原理によって特殊な層を形成しており、それ自体が等級の高い魔女が作り出したような強度を持つ。
凡百の魔女で対処できてしまうような代物であれば端から実戦投入はされていない。
だが、今回の相手は違った。
シールドを構築するエーテルが瞬時に解れ、攻撃エネルギーに変換され――輸送車両が押し潰される。
この大型の車両に積まれているESS装置を軽々と上回るPCM値を持っているらしい。
「ッ――距離を取れ!」
ジンが声を上げると、隊員たちが散開して襲撃者を包囲する。
敵の能力は不明な状態だ。
迂闊に手を出せば、どのような反撃を食らうか分からない。
対魔女戦闘における基本は"敵の能力を知る"ことにある。
だが、静観していられる状況でもない。
目の前には明確に敵意を見せる戦慄級の魔女がいる。
「――PCMA起動」
《承認――対象の保有魔力量を測定中》
ヘイズが測定器を向ける。
同時に周囲の班に救援要請を出し、非常事態を報せる。
現場に投入されている戦力は雷帝だけではない。
他の登録魔女を呼べば対処可能な相手かどうかが知りたい。
《――エラー。対象のPCM値が、測定可能な範囲を超えています》
「えぇー……全然ダメじゃん」
常識の通用しない相手。
PCMAで測定できなかった魔女の例など数えるほどしか存在しない。
その存在は都市伝説とも言われるほど謎に包まれている戦慄級『裏懺悔』や、筆頭議員として統一政府に名を連ねるアグニ・グラ。
どちらも災害等級では測れないほどの化け物だ。
それほどの力を持つ魔女が、すぐ目の前に敵として佇んでいる。
「さすがに死んだかも」
「簡単に諦めるなよ……」
傍らで銃を構えていたホルスターが嘆息する。
その反対側では、
「参式――"ヒイロマトイ"」
ジンがTWLMを起動する。
武器との間にパスが繋がれ、彼自身の身体能力も向上している。
直後、襲撃者が凄まじい殺気をジンに向ける。
「――ッ」
その眼光は憎悪に満ちている。
同時に、哀れみも抱いている。
「お前たちは、どれだけの魔女を殺してきた?」
ゆっくりと手を翳す。
彼女はTWLMがどのような仕組みで成り立っているのか知っている。
「なにをッ……」
「魔女は実験道具じゃない。管理されるべき危険物でもない」
ゆっくりと歩みを進める。
体中から膨大な魔力を立ち昇らせ、己が強者であると示すように。
「この社会は歪んでいる。歪みすぎている」
明確な思想を持ってこの場に臨んでいる。
遊び半分で集まっているような組織ではない。
「同胞を冒涜し続けている。数え切れないほどの犠牲の上に、お前たちの生活は成り立っている」
だから、と少女がフードを外す。
その姿を見て皆が息を呑む。
爛々と光る紅い瞳がジンを射抜く。
灰色の髪の隙間から覗くそれは、どこか狂気を帯びているようで、知性的なようにも感じられる。
自らの姿を隠すこともせず。
無法魔女が堂々と宣言する。
「我々堕の円環が人間社会を壊す」
誰も我々を止められない――そう呟いて、その手にエーテルを集め始めた。
File:参式"ヒイロマトイ"
フォンド博士が調整を行っている『携行型-体組織変異兵器』の一つ。
弐式の時よりも性能が向上し、素体となった魔女の力をより多く引き出せるようになった。
煌性動力炉を内蔵することで出力も格段に上がっている。