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275話

「そう警戒するな。たかが徘徊老人だろう?」


 カラギが飄々とした素振りで戯けてみせる。

 敵意も見せず、その手に武器を所持しているわけでもない。


 周囲に他の捜査官の気配はない。

 単独で接触してきたようだが意図は不明だ。

 最小限は警戒しているようだったが、逆に言えばそれ以上のことは何もない。


 とはいえ、それを言葉通りに受け入れる間抜けはいない。

 四人とも銃を向けたまま警戒を続ける。


「今回我々は敵対するつもりはない。それを伝えに来ただけだ」

「ご丁寧に武装まで解除して?」

「ふむ……よく見ているな。正解だ」


 カラギの上着のポケットには携行可能なサイズの対魔武器が隠れていた。

 形状から近接戦闘用の装備に見えるが、すぐには起動できないように動力源が外されている。


「一応明かしておくが、これはTWLMツウェルム……壱式"ナラクバチ"だ。起動すると全長二メートルほどの槍となる」


 一切隠し事をするつもりはない。

 過剰なほどのアピールではあるが、それだけ敵意が無いことを示したいらしい。


「素体となる魔物は戦慄級『死穿しせん』だ。蜂が変異したやつでな、針先だけでなく毒嚢ごと機構として活用している……傷付けた相手が魔物や魔女であれば、一時的に体内エーテルを乱して衰弱させることが可能だな」


 カラギの言葉が真実であるなら、TWLMツウェルムの中でも最上級の性能が予想できる。

 戦慄級相当の力を百パーセントまで引き出せるかは不明だが、実戦投入可能な水準であるのは確からしい。


 掠めるだけで致命的な隙を生みかねない。

 近接戦闘を得意としている彼にとって最適な武器なのだろう。 


「あぁ、すまん。話が逸れたな」


 こんな状況で、あまり無駄話に興じていられない。

 それは互いに同じだ。


「用件は一つだ。現在フィルツェ商業区は非常時のため封鎖されているが、その外までお前たちを連れていきたい」

「その理由は?」

「これ以上の面倒事は抱えきれんというのが本音だ」


 何もせずこの場から去ってほしいのだと。

 四人にとってデメリットは無い。

 それどころか、少なくとも商業区内の捜査官や登録魔女と争うことな無くなるはずだ。


 カラギは特務部主任の肩書きを持つ。

 もし捜査官たちと遭遇しても「市民を安全な場所まで護送している」と騙すことができる。

 逆に堕の円環ディプラヴィアと遭遇した場合は彼を駒の一つとして数えられる。


「事件発生直後、雷帝が襲撃を受けたホテル街のカメラを確認していてな。まさかこんな大物が巻き込まれているとは思わなかったが……監視システムから足取りを追跡して、接触の機会を窺っていたというわけだ」


 そんな重要な情報も、現場に配備されている捜査官たちには共有されていない。

 以前と同様に"不利益は握り潰している"と言いたいらしい。

 単独行動を取っている理由としても説明がつく。


 下手に動いたところでドローンに追跡されていては接触できない。

 先ほどの爆発も彼にとっては好機だったのだろう。


「そう、事情はよく分かった」


 至ってシンプルな要求だ。

 魔法省としても戦力を温存できる。

 クロガネたちを外に運べば、後は魔法省と堕の円環ディプラヴィアが殺り合うだけ。


 カラギの行動は公安として真っ当なものではない。

 だが同時に、これは魔法省に利となる最大限の選択肢とも言える。


 色差魔と真兎が納得したように緊張を緩め、


「それで、私が要求を呑まない可能性は考えなかった?」


 クロガネは銃を向けたまま距離を一歩詰める。

 一帯を強烈な殺気が支配する。

 今にも撃ち殺してしまいそうな様子で、実際に殺してしまったでもいいと考えている。


 彼は自分たちとの交戦を避けたがっている。

 もし衝突するようなことがあれば、カラミティの構成員たちも含めた乱戦になるのは確実だ。

 無用な消耗を避けるという意味ではこちら側にもメリットは大きい。


「ほとんど丸腰の状態で、大層な肩書きだけぶら下げて」


 こんな馬鹿げた提案をするのは、それだけ魔法省が堕の円環ディプラヴィアに手を焼いているという証左だ。

 悪党たちから大量に恨みを買っているというのに、こんな話をすれば自ら弱点をさらけ出しているも同然。


 弱みを見せれば狩られるだけ。

 それが裏社会のやり方だ。

 同情を誘うような手口は悪党には通用しない。


 今すぐ始末してしまった方が楽だ。

 こういった厄介事を後回しにするのは好まない性格なのだと、クロガネはさらに距離を詰める。


「あぁ、それは当然の思考だな。同じ立場であれば私もそうするだろう」


 確実に殺せる。

 万が一すら存在しない。

 それを生み出したのは他ならぬ彼なのだから、恨み言を聞く義理もない。


 そんな状況下でも、カラギは顔色一つ変えずにいる。

 言葉だけで生き延びられると確信して、こうして姿を見せている。


「禍つ黒鉄……そして傘下の悪党たちに関しては分からん。だが――」


 カラギにとって最も重要な点。

 それは言葉の全員にとっても例外ではなく、


「この一帯を牛耳る大悪党は、あまり事態が長引くとはらわたが煮えすぎてしまいそうでな」


 アダム・ラム・ガレットを煩わせるな。

 ただそれだけのことだが、この場での衝突を避けるには十分すぎる理由だった。

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