274話
移動を開始して十分程が経過する。
クロガネが小範囲に『探知』を使用しつつ先行し、後方の警戒をカルロに任せて移動していた。
マクガレーノから送られてくる"厄介な敵"の座標は遠く離れている。
巡回している捜査班を避けつつ迂回しなければならないが、このまま脱出ポイントまで接敵せずに辿り着けそうなくらいだ。
負傷者がいるためペースは遅いが今のところは順調に進んでいる。
「……」
至る場所で激しい戦闘が行われている。
逃げ惑う市民たちを保護すべく魔法省も尽力しているが、その市民に紛れ込んだ無法魔女による奇襲に手を焼いていた。
PCMAは各々に向けなければ魔力を持っているかどうか判定ができない。
混乱を利用する堕の円環を前に、有効な対処法も無く後手後手に回らざるを得ないようだ。
「シキさん、わたしたちも混ざって移動したりすれば見つからないんじゃないですか?」
前方で索敵しているクロガネの背中を見ながら、ふと思い付いたように真兎が疑問を投げかける。
PCMAを向けられない限りは魔女だとバレることはない。
全ての市民を一人ずつ計測するほどの余裕も魔法省には無い状況だ。
「うーん、それはリスクが大きすぎるかな。捜査官たちと会ったら保護されて……安全な場所に着くまで同行することになっちゃうから」
「はー、そう言われてみると厄介ですね」
市民に紛れていればすぐに攻撃されることはないが、状況次第では本来のルートから外れることになる。
また、仮に脱出ポイントまで辿り着いたとしても市民たちを口封じに消さなければならない。
どちらにしても面倒事を抱えることになってしまう。
「それに二人はともかく、あたしやクロガネは顔が割れてる可能性もあるわね」
裏社会に名を轟かせている凄腕の無法魔女だから……と胸を張って言う。
実際に色差魔も様々な依頼をこなしているため知名度はあるのだが、その言動のせいで真兎は半信半疑の様子だ。
「というか、いつもは魔法で姿を消してるんじゃないですか?」
「あ……」
色差魔が口をぽかんと開ける。
仕事中は『色錯』によって存在そのものを隠蔽しているため、よほど高性能な煌学スキャン装置でもなければ姿を見つけることすら叶わない。
大半の施設に用いられている防犯カメラは、大罪級の魔法を暴けるほど資金を割かれてはいない。
今も商業区を脱出するために『色錯』をカルロと真兎にも付与している。
基本的にはクロガネが危険を排除し、三人は安全を確保しつつ予備戦力として動く予定となっている。
「にしても、クロガネさんいつもながらカッコいいですねー」
真兎が目をキラキラと輝かせながらクロガネを見詰める。
先行して周囲の様子を窺いつつ、問題がなければこちらに向かって手で合図を出して伝達している。
目視による確認と『探知』による確認を併用している。
罠などにも気を配りつつ、また進行の妨げになるような障害物も退かすなどして進行ルートの安全を確保していた。
「本当にな。隠密行動の手本として、構成員用に動画を撮りたいくらいだ」
全ての動きに一切の無駄がない。
カルロ自身もそれなりに腕の立つ方ではあるが、ここまで洗練された技術は持っていない。
周囲の警戒は怠らないが、得られるものは可能な限り吸収しようと努めていた。
そのまま移動を続けていると、クロガネが何かを察知したように手を水平に――"伏せて"と指示を出す。
三人は即座に指示通りに姿勢を低くすると――直後、鈍重な音と共に大気が震える。
周囲のビルが余波を受けて振動していた。
「な、何が起きたんですか!?」
パラパラと落ちてきた砂埃を払いつつ、真兎が空を見上げる。
どこか離れた場所で大きな爆発が起きたようだ。
四人に被害はなかったが、幾つか視界内の建物にヒビが入っている。
『あー、ドローンが全て撃墜されちゃったわ』
マクガレーノから通信が入る。
監視用ドローンの信号がロストしてしまったことで、端末に表示されていたマーカーも消失している。
『マーカーとの座標は離れているけれど……動きが読めない以上、何が起きるかわからないわ』
これが捜査官であれば歩行速度に限界があるため予測しやすい。
だが、戦慄級の魔女や執行官たちが相手だとそうはいかない。
周囲を警戒しつつ、クロガネが三人のもとに戻る。
「予定に変更はない。けど、奇襲に備えて距離を狭めた方がいい」
いざという時に庇える範囲に置いておきたい。
Neef-4があるとはいえ、魔法の出力は大きく抑えている状態だ。
もし先にこちらの存在に気付かれていたら『探知』で警戒しても先手を取られる可能性がある。
そう考えていたが、クロガネの『探知』がゆっくりと近付いてくる生命反応を見つける。
ある意味では一番マシな相手だが、一番厄介な相手とも言える存在。
その人物は、こちらを探していたように歩み寄ってきた。
「あぁ、ようやく見つけた」
やや丸まった背をした老齢の男。
一見すると窶れた弱々しい姿に見えるが、その眼光はゾッとするような鋭さをしている。
魔法省支給の黒いスーツを着ており――その腕章の色は"赤色"だ。
「……カラギ・シキシマ」
特務部の現主任が、無警戒な様子で姿を現した。