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272話

――TECセキュリティ。


 一等市民居住区フォルトゥナの管理業務を担う民間企業。

 魔法工学技術による機械兵を始め、様々な軍用兵器を保有する巨大な警備会社だ。


 アグニ自身も一等市民居住区フォルトゥナに屋敷を構えているため恩恵を大きく受けている。

 希望すれば外出時の護衛としても利用可能で、二十四時間体制で身の安全を守ってくれているという。


「一等市民寄りのように見えて、裏では軍務局と繋がっている……そう言えば事情は分かってくれるだろう?」


 一等市民という特権を脅かす存在。

 機械兵による警備は、同時に自分たちを監視しているとも言える状況だ。

 軍務局が統一政府カリギュラ本体を乗っ取ろうと画策しているなら説明がつく。


「アグニ・グラは軍務局に操られていると聞きますが」

「あぁ、そこまで知っているのか」


 レドモンドは感心したように呟く。


「なら、私からも一つ尋ねよう。アグニ様はどのような人物に見えるかね?」


 首領の意見を聞きたい……と、レドモンドが付け加える。

 彼女に対する評価はクロガネから何度か聞いている。


「傲慢不遜、短絡的で無計画。感情任せに行動することが多い……ただし、魔女としては優秀であると」

「遠慮がないな。まあ否定はできないが」


 レドモンドは肩を竦めつつも、ある程度までは同意する。


「だが一つだけ訂正させて貰う。彼女は無計画な人物ではない」


 本物の愚者が筆頭議員になれるはずがない、とレドモンドが断言する。

 その物言いからは、実際に話を聞いたというわけではなく彼の観察眼による評価のようだ。


 だからこそ、今こうして彼は行動に移している。

 アルケミー製薬という大きな企業の力を動かせるCEOの立場を手に入れ、補佐をしているのだと。


「……アグニ・グラは後ろ盾として軍務局を利用しつつ、同時に排除する隙を窺っていると?」


 レドモンドがTECセキュリティを探っているのは軍務局潰しの一端を担うため。

 今このタイミングで動いているとなれば、


「軍務局長が行方不明になった件も知っているようですね」


 互いに持っている情報量に大差はない。

 立場上、知り得る範囲にズレはあるため開示し合う価値はあるようだ。


「なら、今回私を招き入れたのは……」

「少なくとも今は、我々が利害で対立することはないと伝えるためだ」


 可能であれば協力関係を築きたいと、真剣な目付きで言う。

 表社会で大きな影響力を持つ企業と裏社会で大きな影響力を持つシンジケート。

 この二つが手を取り合えば、並大抵の事では揺らぐことはないだろう。


「……貴方の考えは分かりました。ですが」


 屍姫は首を横に振る。

 アルケミー製薬と手を組むメリットよりも、現状はデメリットの方が上回っている。


 アグニと繋がることになれば一等市民推薦枠を得ることもできる。

 カラミティの幹部までは分からないが、クロガネを拒むことはないだろうとも。

 統一政府カリギュラを掌握する上では最も手っ取り早い道程だ。


 だが、筆頭議員の派閥に属することになれば軍務局から目を付けられかねない。

 敵対勢力を直々に潰しに来るほどの組織だ。

 カラミティの拠点を襲撃されるようなリスクは抱えられない。


 そして何より。

 クロガネの交友関係を考えると、アグニに手を貸すことはかえって不利益を齎すことになる。


「やはりか」


 レドモンドは残念そうに肩を竦める。

 この返答も予想した上で尋ねているらしく、あまり気にした様子ではなかった。


 情報を交換する程度のやり取りはしても構わない。

 だが、有事の際に手を貸すほどでもない。

 あまり近付き過ぎると面倒事に巻き込まれかねないため、彼らと関わる範囲は確認を取ってから決めるべきだ。


「……」


 一通りの事情を予想した上で、確証を得るために自分を向かわせた。

 見聞きした話を繋ぎ合わせて読み解かなければ、アルケミー製薬は"敵"として認識していたかもしれない。

 屍姫自身もレドモンドやヴァルマンの一件を知っているため、招き入れられた当初は罠を警戒していたくらいだ。


「それでは、今日はこの辺りで」


 頬が緩まないよう、ポーカーフェイスで立ち去る。

 諜報は自分の仕事だと思い上がっていた。

 クロガネは戦闘に特化している魔女だが他も疎かにはしていない。


 不要だと切り捨てられないように努めなければ……と。

 凡百に埋もれないよう、今よりもさらに能力を磨く必要がある。


 退室する屍姫を見送り、レドモンドは肩の力を抜く。

 そんな彼に秘書の魔女が尋ねる。


「……よろしいのですか?」

「ああ。敵意がないことだけでも伝えられた。少なくとも我々が害されるようなことはなくなる」


 あわよくば協力関係を築ければと考えていたが、クロガネの交友関係を考えると難しいことも分かっていた。

 様々な組織が暗躍している中で、こうして不要な争いを避けられただけでも上々の成果だ。


「少し仕事に集中したい。呼ぶまで席を外してくれるか」

「承知致しました」


 秘書を退室させると、レドモンドはゆっくりと息を吐き出す。


 自然体を装っていたが余裕はない。

 この部屋は極めて高度な隠蔽処理された上で監視が行われていた。


「こんなものでいかがでしょう?」


 誰に向けるでもなく言葉を発する。

 この空間には彼一人しかいないはずだったが、


「ま、キミにしては上出来じゃないかな」


 仮面の魔女――アグニが姿を現す。

 実体のないホログラムによる映像に過ぎないが、この場を監視していたのだからどちらでも変わりはない。


「屍姫……だったかな。禍つ黒鉄の右腕として暗躍する大罪級の魔女」

「アグニ様にはどう見えましたか?」

「重用されているのも納得だよ。従順で聡明……いかにも彼女に好かれそうな性格をしてる」


 徹底的に"クロガネに好かれよう"と振る舞っている。

 その根底に利己的な理由は見えない。

 盲目的に崇拝し、身を捧げようとしている姿は狂信とさえ言えるほどの領域だ。


「引き連れていたアンデッドもかなり等級が高そうだ。あんなものを何体も用意できるなら、戦慄級だって殺せるかもしれないね」

「……正直、個人が持つには危険すぎる力のように思えます」


 屍姫が従順であるからこそ制御できている。

 もし強欲に権力を望んでいたなら、その力を使えば幾らでも得られたはずだ。


「だからこそ禍つ黒鉄の"お気に入り"なんだろうね。夜もきっと……」


 屋敷を襲撃された際のことを思い出す。

 明らかに手慣れていた。

 普段からそういった行為に及んでいなければ、自分を骨抜きにできるはずがないと。


「羨ましい……じゃなかった。あー、もう。腹立つ」


 変な想像を始めそうになっている自分を抑えつつ、アグニは話が脱線しないよう修正する。


「軍務局は上手く欺けている。CEMケムと魔法省は結び付きが強くなったように思えるけど概ね想定の範囲内だ」

「アグニ様の演技のおかげでしょう。あれだけ滑稽な姿を晒せば、大半の者は権力に頼るだけの無能だと思い込むはずです」


 これまでの行動をレドモンドが称賛する。

 テロメアという脅威に対して愚物を演じることで対抗しつつ、ラプラスシステムの性能を向上させる時間稼ぎをしてきた。

 ワガママで自分勝手に振る舞うことで損得も測れない程度の短絡さを見せ、飼い慣らされていることにも気付けないのだと信じさせたのだ。


「軍務局長が不在の今こそ、アグニ様の計画を進めるべきです」

「そうだね……じゃなくて。ちょっと待って。ボクってそんな風に見えてたの?」

「あまりにも自然体でしたので。アグニ様の計画を知らなければ私も騙されていたことでしょう」


 レドモンドは優秀な人材で、身内に引き入れようとしていたことは事実だ。

 そしてテロメアが消息を絶ったことが好機だと判断したことも事実だ。


 仮面の下で口をあんぐりと開けて呆然とする。

 軍務局に対する反抗心は本物だったが、彼が思っているほど詳細に見通して動いていたわけではない。

 最近なんだか偉そうだから、立場を弁えさせてやろうと思っていただけ。


「それはもう、演技でなければ救いようがないほどでした」

「う、うん……そうか。それは良かったよ」


 メンタルをズタズタに切り裂かれてダウンしかけるも辛うじて耐える。

 彼の勘違いを全て事実ということにすれば、アグニにとっても大きな利益となるはずだ。


「あー……なら、次はどうするか分かるかい?」

「勿論です」


 レドモンドは自信満々に頷く。

 好意的な解釈と彼の頭脳が合わさることで、奇跡的にも都合の良い道筋を描くことができている。


「TECセキュリティを潰しましょう」


 軍務局を切り崩すには先ず足元から。

 その後の展望を語る彼を前に、アグニはただ頷くことしかできなかった。

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― 新着の感想 ―
最初期のアグニの超人的なイメージのストップ安が止まらない(笑)
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