27話
比較的カジュアルな雰囲気の店内。
甘い洋菓子と風味豊かなコーヒーの香りに満たされた空間。
客層は女性が大半を占めており、たまに男性がいたとしても女性とペアで座っている。
喫茶店『タンティ・バーチ』は裏懺悔のお気に入りだ。
特に高級店というわけでもないため、そういった店の多いエルバレーノ四番街の中では居心地は悪くない方だった。
「ん~、これが食べたかったんだよ~」
口一杯にケーキを頬張って、幸せそうに頬を緩める。
粉砂糖の化粧を纏ったフォンダンショコラ。
ナイフを入れると、内側から濃厚なガナッシュが溢れ出す。
「……」
クロガネはどうしたものかと嘆息する。
近場で食事でも取ろうかと考えていた時、仕事の話をしたいと連れられた先がこの喫茶店だった。
「せっかくのケーキが冷めちゃうよ? ほらほら」
焼き立ては格別だよ~、と勧める。
とろけるような甘い香りが鼻腔をくすぐる。
無言で睨むも、裏懺悔は特に気にしていない様子だった。
彼女ほどの実力があれば、ちょっと殺気を向けたところで意に介さないだろう。
「……はぁ」
ケーキを食べ終えるまで仕事の話はしないつもりなのだろう。
今回の報酬についても、彼女の取り分を渡さなければ依頼完了とはならない。
大金の入ったアタッシュケースを足元に置いたままの食事は、さすがにクロガネでも落ち着かない。
カルロも似たようなことを思っていたのだろうかと下らないことを考える。
「ふふ、食べさせてあげよっか?」
甘味の前で抵抗は無意味だよ~、と悪戯っぽく笑う。
ケーキを乗せたフォークを目の前に突き出される。
「……チッ」
無視して自分のケーキを食べ始める。
裏懺悔は「ちぇ~」と口を尖らせ、そのままケーキを頬張った。
確かに美味しい。
素直に言葉にするつもりはないが、元の世界で食べていたようなものとは質が違う。
これでもまだ、他の高級店と比べると安価な方なのだ。
慣れてしまえば金銭感覚が狂ってしまう。
今回の仕事で得た報酬があれば、もっと散財してもいいくらいだ。
贅沢をしたいわけではない。
目的は元の世界に帰ることであって、この世界で楽しく過ごすつもりはない。
食事の時間さえ惜しいくらいだ。
「あんまり焦っちゃダメだよ~。時間なんていくらでもあるんだからさー」
そう言いながら、裏懺悔は二つ目を食べ始めていた。
コーヒーにもやたら大量にミルクと砂糖を入れ、恍惚とした表情で飲み干す。
「ふへ~っ。やっぱり甘いものはいいね~」
普段から過剰な糖分を摂っていそうな様子だ。
食べ過ぎて太らないのか気になったが、見たところスレンダーな体型をしている。
観察するような視線に気付いたのだろう。
裏懺悔はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「もしかしてぇ~、裏懺悔ちゃんに興味あったり?」
「チッ――」
用がないなら帰る。
そんな素振りを見せると、さすがに慌てた様子でフォークとナイフを置いた。
「仕事の話はもうちょっとあと……先に今回の仲介料を貰っておこうかな」
ようやく本題だ。
クロガネは机の下を通すように札束を一つ握らせる。
額を即座に数えようとして、裏懺悔は首を傾げる。
「ん……ちょっと多すぎないかな~、これ」
本来の仲介料より明らかに多い。
それも、数倍はあろうかという金額だ。
「借りは作りたくないから」
「そっか~」
研究施設を脱出して以降の、色々な面で支援を受けた対価だ。
仕事の斡旋だけではない。
身体を休められる場所や食事など、生活基盤が無い状態のクロガネにあれこれ世話を焼いていた。
今後は大体の問題を自分でどうにかできるだろう。
あくまで仕事を受けるだけの関係。
馴れ合うつもりはない。
「裏懺悔ちゃんに感謝してるってことなら、貰っておくよ」
拒絶の部分だけ触れず、何事もなかったかのように。
とはいえ、距離感がおかしいタイプの人間には見えない。
なぜだか気に入られているらしい。
「んー、そろそろかな……」
裏懺悔が通信端末を取り出すと、同時に着信音が鳴り始めた。
電話に出て何度か言葉を交わす。
未来予知でもしたのかと思うような行動だったが、ここは元の世界とは違う。
魔女相手にいちいち驚いていても仕方がないだろう。
電話を終えると、裏懺悔は笑みを浮かべる。
「禍つ黒鉄。キミに指名依頼だよ~」
立て続けに二件目の依頼。
生活基盤を築くのはもう少し先になるようだった。
File:戦慄級『裏懺悔』-page1
裏稼業の仲介を営む魔女。
戦闘においては能力不詳で、極めて危険性が高いということのみ知られる。
無法魔女の中でも最強の一角とされており、魔法省でさえ対処できず存在を黙認してしまうほど。