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268話

 フードを深々と被った少女が一人。

 両手をパーカーのポケットに突っ込んで、無警戒に大通りを歩いている。


 身長は百七十センチほど。

 堂々と突き進む姿は一見すると強者のように見えるが、


「――PCMA起動」

《承認――対象の保有魔力量を測定中》


 建物の陰から捜査官の一人が様子を窺う。

 この非常時に出歩いているとなれば、調べるまでもなく堕の円環ディプラヴィアの構成員だろう。

 そうでなかったとしても無法魔女アウトローが相手なら咎められるようなこともない。


《PCM値57――咎人級相当です》

「なんだ下っ端かよ」


 捜査班の一人が肩を竦める。

 多少のリスクはあれど、魔女管理課の装備であれば十分に対処可能な等級だ。


 今回の任務は、フィルツェ商業区に現れた無法魔女アウトロー集団の拘束及び排除だ。

 一帯を取り囲むように魔法省による厳重な検問が敷かれている。

 事実上の封鎖が行われている中で、さらに区画内を幾つもの捜査班が駆け回っている。


 無数のドローンが上空を飛び回って無法魔女アウトローを捜索している。

 どこかに身を潜めていてもいずれ見つかってしまうだろう。


 堕の円環ディプラヴィアは魔女のみで構成されている。

 生身の人間は一人もおらず、魔女による魔女のための組織として活動を続けている。


「PCM値が低くても魔女には変わりない。警戒を怠るな」


 班長の男が注意する。

 魔女は人間よりも頑強な体を持っている。

 咎人級でさえ、そこらの成人男性より力が強いくらいだ。


 そこに魔女としての固有能力――魔法が上乗せされる。

 大半はPCM値が低いせいで十分な効果を発揮できないが、身体強化などの補助系統であれば厄介だ。


「あー……勘が鈍ったか?」


 あまりに無防備な姿だ。

 事情を知らないはずもないというのに、咎人級がこんなにも堂々と歩けるだろうか。


 PCMA――ラプラスシステムが彼女を等級の低い魔女だと認識したのだ。

 それを疑ったところで出せる根拠もない。

 本来なら人数差を活かしてすぐに捕縛すべきだが、捜査官として勤めてきた男の勘が僅かな違和感を知らせてくる。


「……やるぞ。咎人級程度なら、MEDを使えば人数差でなんとでもなる」


 もし格闘術に長けていたとしても、捜査班は班長一人と捜査官五人による編成だ。

 魔法を使えない魔女など、多人数で取り囲めば大した脅威ではない。


 捜査官の一人が投擲の構えを取る。

 先端が鋭く尖った短槍状の機械――設置型のMEDだ。

 複数箇所に突き刺せば、それだけで周辺は魔法の使えない空間となる。


「MED装置、起動ッ――」


 後尾部分が展開され、魔法の阻害を開始する。

 あとはこれを、近くの建物の壁に目掛けて投げるだけ。


「作戦開始だッ!」


 班長が声を上げると同時に、


「本当に、お前たちは懲りないな」


 少女は小さく呟いて、行動に移り始めた直後の捜査班に視線を向ける。

 深々と被ったフードから、爛々と光る"紅い瞳"が覗いた。


「なっ――」


 捜査官の一人が驚きの声を漏らす。

 少女が徐ろに、投擲されたMED装置に向けて手を翳して――握り潰す。


 距離は大きく離れている。

 しかし、実際に少女が握り潰すような"動作"をしただけでMEDが簡単に壊されてしまった。

 それ自体は魔法と考えれば不自然なものではない。


「バカな……MEDは起動していたはずだ」


 咎人級程度の魔力反応しかない。

 本来なら、この空間内で魔法を使えるはずがないのだ。


「来るぞッ」


 少なくとも大罪級以上であることは確定している。

 緊急用の応援要請を発信し、改めて目の前の無法魔女(アウトロー)を見据える。


 やはり勘は鈍っていなかった……と、班長が悔やみつつ銃で応戦する。

 今回は全ての捜査班に中級の対魔弾が配備されている。

 少なくとも効果がないということはないはずだ。


「なっ……もう一度PCM値を調べろ!」

「ッ、PCMA起動――」

《承認――対象の魔力量を測定中》


 惜しむことなく対魔弾を浴びせるも、その全てが不自然な軌道を描いて少女をすり抜けていく。

 ポケットに両手を突っ込んだ状態で歩いてきているだけ。

 そんな無防備を晒しているというのに、どれだけ撃っても掠りさえしない。


《PCM値357――大罪級相当です》


 システムが告げる等級が上がっている。

 この測定結果さえ、班長の男からすると誤りのように思えてならない。


「そんなはずはないッ! もう一度だ!」

「は、はいッ! PCMA起動――」

《承認――対象の魔力量を測定中》


 建物の壁や路駐されている車両では遮蔽物として機能しない。

 そう考えて展開したESSシールドが、少女が手を翳した途端に砕け散る。


 大罪級の魔女でもこんな芸当は不可能だ。

 下手すれば堕の円環ディプラヴィアの幹部と遭遇した可能性もある。

 まだこちらに直接的な危害は加えられていないが、心臓が痛くなるほどの殺気を向けられている。


 こちらを試すように――魔法省の出方を窺うように、徐々に力を解放しているらしい。

 PCMAを欺くほどの技量。

 それ自体はきっと、裏も表もない単純な魔力操作系統の能力なのだろう。


 どうにも嫌な予感がしてならない。

 応援要請が届いていれば、近くで待機している登録魔女たちが駆け付けてくれるだろう。

 今回の現場には戦慄級『雷帝』も居合わせているため、五分ほど持ち堪えられたらきっと助かる。


 少女は次に手を高々と翳し上げる。

 すると、フィルツェ商業区の上空を飛び回っていたドローンが一斉に制御を失って落下し始めた。


「……そんな、バカみたいな範囲のエーテルに干渉をするだと!?」


 そうなれば間違いなく戦慄級相当だ。

 以前であれば、特務部の元主任――ユーガスマが対処していたであろう水準の危険因子だ。


 包囲網の中にいる仲間を助けに来たのだとすれば、組織内でも上位の力を持っているはずだ。

 最大限の警戒をもって対処しなければ、この場を切り抜けることはできない。


 だが、この世界はそう単純には出来ていない。

 もはや測定結果は聞くまでもない……そんな彼の甘い考えを咎めるように、システムは淡々と無機質な声で現実を告げる。


《――エラー。対象のPCM値が、測定可能な範囲を超えています》

File:PCMA-Page3


processing capability of magical power analyzer

魔女・魔物の脅威度を測定する機械。

戦闘時に対象のPCM値を計測することは、単に脅威度を測るだけでなく魔力に関する様々なデータ収集を行っているという側面もある。

捜査官・執行官ともに標準装備。

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