264話
「くッ――お前ら下がれ! 前に出すぎだッ」
カルロが声を荒げ――同時に、前方で撃ち合いに応じていた下っ端の一人が肩を撃ち抜かれてよろめく。
市街地での銃撃戦。
それも、縄張りとも言うべきフィルツェ商業区の大通りだ。
地の利はこちらにあると思っていたが、それを覆すほどの物量で攻めてきている。
見慣れた黒スーツに青い腕章をつけていれば、その所属は一目瞭然だ。
無法者たちの天敵、魔法省の捜査官たちだ。
「クソッ、随分と気合が入ってやがる――」
対魔女に特化した装備を揃えている。
そんなものを人間相手に振り回されては対処のしようもない。
装備の性能差を感じつつも、研ぎ澄まされたセンスによって辛うじて均衡を保つ。
実弾銃でも隙を突けば十分に通用する。
通用するが――。
「また増援か、キリがねぇ」
商業区内には魔法省の戦力が大量に投入されている。
戦闘が長引けば長引くほど増援が来てしまう。
かといって、この状況を打破できるほど手持ちの戦力は多くない。
持久戦になれば間違いなくこちらが負ける。
下っ端の数はあと五人――と、そう考えた直後にまた一人が弾を受けて倒れてしまう。
「勘弁してくれッ――」
距離を詰められないよう的確に銃弾をバラ撒いていく。
弾薬の値段などは気にしていられない。
持っているものは出し惜しみせず、牽制に手榴弾も投げながら思案する。
魔法省によって商業区全体が監視されている。
当然ながら、アジトから増援を期待することはできない。
泣き付いて助けてもらえたとしても、カルロにとってはその後のことのほうが怖く感じてしまう。
アダムの逆鱗に触れず、かつ最小限の被害で離脱できるような方法。
場を掻き乱せるほどの戦力がいれば話は別なのだが、ガレット・デ・ロワ専属の無法魔女はたった一人だけ。
「わたしに任せてくださいっ!」
隣で銃を撃っていた真兎が声を上げる。
その手には三十センチほどの金属棒が握られていた。
「多勢に無勢だ、無茶するな」
即座に却下する。
あれだけの数を相手に、近接武器で飛び込んでいけば無事ではすまないだろう。
精々、時間稼ぎにしかならない。
「銃声がすごくて聞こえませんっ!」
「馬鹿、お前ッ――」
カルロの指示を無視して真兎が金属棒に魔力を流し込む。
本人の魔力量は微々たるものだが、対魔武器を起動させるには十分だ。
「上級-鎚型対魔武器――起動します!」
短い金属棒が二メートルほどに伸び、先端部分が展開を始める。
大岩と見紛うようなヘッドパーツが現れると、内蔵された動力源からエネルギーが流れ込んでいく。
機械仕掛けの巨大な鎚。
真兎が『身体強化』を全開にしてやっと扱えるほどの重量だ。
生身の人間では、成人男性でも持ち上げられる人間は多くない。
「んなもん振り回してどうすんだよ!」
「時間稼ぎですよ、時間稼ぎ! うちのシマなんですから、いくらでも増援呼べますよね?」
対魔武器の起動に捜査官たちが気付いたらしい。
そのうちの一人が警戒した様子でPCMAをこちらに向けている。
「こんな状況でアジトから出られるわけないだろ! 俺たちだって不運でこんなことになっちまったんだから」
カルロたちは偶然外に出ていただけだ。
単なる買い出し程度のお使いだったが、その量が多かったため撃ち合いに応じられる程度には人数を連れてきていた。
荷物持ちとして見れば、真兎は他の構成員たちを連れて来るよりも役立つだろう。
「俺たちもしばらくアジトには戻れねぇ。魔法省にバレることだけは避けたい」
「えーじゃあ野宿ですかー?」
「その前にここで野垂れ死にそうだけど、なッ――」
建物の陰に微かにチラつくものを感じ、カルロは真兎を抱え込んで横に飛ぶ。
直後に銃弾が横を通り過ぎていった。
安全だと判断するまで覆いかぶさる形でやり過ごそうとしていると、
「カルロさん重いです。あとタバコ臭い」
真兎がカルロを雑に跳ね除けて立ち上がる。
そこでようやく、真兎は「あっ」と気付いたように声を漏らす。
「なんだよ」
「クロガネさんに救援を依頼してください、近くにいるかも」
真兎が自分の端末を取り出してメッセージを見せる。
そこには、色差魔から"クロガネとフィルツェ商業区のホテルで待ち合わせをしている"という自慢のような内容が書かれていた。
真兎はここで応戦する覚悟を決めている。
下っ端を盾にしながら、こそこそと引き際を見定めている自分とは違う。
堕の円環と魔法省が争っている、その程度の情報は掴んでいる。
ある意味では巻き込まれた被害者ではあるが、フィルツェ商業区がガレット・デ・ロワの縄張りであることも魔法省は知っているはずだ。
この騒ぎに乗じて構成員を炙り出そうとしているのは確かだ。
簡単には逃がしてもらえない。
命は大切だが、それを武器にして振り回すくらいの覚悟がなければ現状を切り抜けられそうにない。
「……死ぬなよ。マジで」
「もちろんです!」
真兎は自信満々といった様子で巨大鎚を構え、堂々と捜査官たちの前に姿を見せる。
鎚の頭部分は小柄な真兎を隠してくれるほどに巨大で頑丈だ。
銃弾から身を守る遮蔽物にも、敵を叩き潰す鈍器にもなる。
「この中だと……わたしが一番強いですから!」