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26話

――フィルツェ商業区、エルバレーノ四番街。


 様々な雑貨屋が建ち並ぶ大通り。

 人々はなんの疑いもなく幸福を謳歌して、間近に危険人物が潜んでいるとは思いもしていないだろう。


 途中で中古車販売店に車を置いてきていた。

 当然ながら根回しがされており、証拠とならないようにスクラップにされる予定だ。


「……」


 看板や標識などを見れば、元の世界には存在しない文字が並んでいる。

 だが、不思議と識字に困らない。

 Webサイトの自動翻訳を思い出すような感覚だったが、こちらは全て正確に読み取れている。


 これも魔女になった恩恵だろうか。

 会話さえ問題なく通じている。

 クロガネ自身は日本語を話しているつもりでいて、実際にはこの世界の言語を用いているのだ。


 遺物を埋め込まれたことで身体も作り替えられてしまった。

 全て"都合が良い"と割りきるには難しい部分もある。


「路地裏に入るぞ」


 カルロが先導する。

 本拠地の場所を知っているのは彼だけだ。

 クロガネはもちろん、下っ端のベルナッドも幾つか仕事場を知らされているだけ。


 大通りは商業区なだけあって活気に溢れていた。

 しかし、路地裏に一歩でも足を踏み入れれば、そこに広がるのは無法地帯だ。


 薄汚れた衣類を身に着けて――まともな服を着ていない者さえ見かける。

 閉ざされた貧民区画では、行き場もない三等市民が徘徊していた。


 こういった場所に身を隠すのは定石だろう。

 魔法省の手が入りにくい奥の方に、ガレット・デ・ロワの本拠地が構えられている。


「……さて、到着だ」


 予想に反して立派な洋館が佇んでいた。

 そこらの廃小屋のような住まいでは、さすがにアダムの気に召さないらしい。


 門番と何度か言葉を交わすと中へと案内される。

 この場でベルナッドは別れるらしく、手をひらひらと振って去っていった。


「後はブツを渡して報告するだけなんだが……」


 カルロは嘆息する。

 今からアダムを相手に"自分が引き入れたカルテルに裏切られた"と話して頭を下げなければならない。

 放置してしまうと本拠地まで辿られてしまう危険があった。


 助けを求めるようにクロガネに視線を送る。


「……チッ」


 もう断った話だ……と、不愉快そうに舌打つ。

 クロガネからすれば、報酬さえ受け取れればそれで構わない。


 密輸ルートに関する後処理はカルロが行う。

 自分は与えられた仕事をこなして報酬を貰う。

 それだけでいい。


 アダムの元に直行すると、クロガネは勢い良くドアを蹴破って入室する。


「――おう、そろそろ戻る頃だろうと思ってた」


 互いに銃を構えている。

 仕事相手だろうと油断してはならない。

 これも裏社会で生き延びるための、彼なりの挨拶のようなものだと感じていた。


 だが、形だけ構えているわけではない。

 いつでも殺し合える状態で膠着して、ようやく彼は満足する。


「仕事を終えても一切気を抜かねえ。初めて請け負うにしてはやけに上等なもんだ」


 或いは、とアダムは続ける。


「――全て"敵"と見做みなしているのか?」


 愉快そうにクロガネを品定めする。

 常に殺気立つほどの警戒心は、果たしてどのような事情を抱えてのことなのか。


 想像を巡らすほどに、アダムは痺れて堪らない。


「おいカルロ。ブツは無事だろうな?」

「全部、問題ありません」


 傍らで控えていたカルロが、アタッシュケースをデスクに置いて中を開けて見せる。

 傷一つ付けずに丁寧に運んできていた。


「相当な上物じゃねえか。話に偽りはねえって、野郎も自信あるようだったしな」


 弾頭に特殊なコアを取り付けた対魔弾。

 極めて威力の高い弾薬だが、既に『解析』を終えたクロガネからすれば用は無い。

 

「特級-9mm対魔弾『死渦しか』……たかだか一発で豪邸が建つ代物だ」


 アダムは先ほどの銃から弾薬を全て取り出す。

 それ自体もクロガネからすれば無視できない性能の対魔弾だったが、新しいものと比べると数段劣るだろう。


 宝石でも眺めるように手の上で転がして、丁寧な扱いでリボルバーに五発装填する。


「……こいつはお前にも効くぞ?」

「当たれば、ね」


 安っぽい馴れ合いに付き合うつもりはない。

 アダムは満足そうに銃を懐にしまい、部下に報酬を持ってこさせる。


も裏懺悔を通せばいいのか?」

「その方がいい」


 仲介料が裏懺悔に入る。

 当然ながら自身の取り分を減らすつもりはない。

 その分だけ報酬を上乗せさせればいい。


 仲介を無視して仕事を請け負うことも出来なくはない。

 だが、彼女には借りがある。

 さすがに仇で返すようなことは避けたかった。


「それじゃ――」


 報酬を受け取ってクロガネは退室する。

 大層な額が詰まっているようで、再びアタッシュケースを抱える羽目になってしまった。


 当面は遊んで暮らせるであろう金額だ。

 細かい金銭感覚までは合わせられていないものの、元の世界と貨幣価値が大きく異なっていたりはしないらしい。


 ガレット・デ・ロワの本拠地を後にすると、今後の計画を立てようとあれこれ思案し始める。


 少なくとも、収入の面では苦労しないだろう。

 魔女としての能力が明らかに異常だという自覚はある。

 あれから"原初の魔女"は話し掛けてこないままだったが、遺物から力を引き出せるならそれで問題無い。


 裏社会で名前を売りつつ多くの命を奪う。

 無節操に仕事を請け負っても悪目立ちしてしまうため、今後は無法魔女アウトローとして――"禍つ黒鉄"として生きる上で、引き受ける仕事は吟味すべきだ。


 今回の報酬があれば当面の資金には困らない。

 まずはどこかに家を借りて生活の基盤を築くべきだろう。


 そう考えたところで、ふと自分が一人暮らしさえしたことのない高校生だったことを思い出す。

 家族と離れて暮らすどころか、会うことさえ不可能な場所に来てしまった。


「……」


 研究施設で投与された薬品のせいだろうか。

 年相応の情緒を思い出せない。

 以前の自分だったら、こういうときはどんな表情を浮かべていただろうか。


 通りに並ぶ洋服店のディスプレイ――光の加減で、そのガラスに自分の顔が写る。

 実験体として過ごしたことで一切の感情が失われ、この世界で新しく得たのは怒り、憎しみ……そんなものばかりだった。


「……チッ」


 余計なことを考えても仕方がないと視線を逸らそうとした時。

 ガラスに反射した自身の背後で、見覚えのある少女が手を振っていた。


「よーっす、裏懺悔ちゃんだぞ~」


 呑気な様子に苛立ちを感じつつも、探す手間が省けたからいいだろうとクロガネは嘆息する。

File:フィルツェ商業区


表向きは二等市民向けの商業施設が建ち並ぶ区域。

その裏では、違法な性接待を伴う酒場や賭場が招待制で運営されている。

ガレット・デ・ロワはこの商業区を中心として、各地に様々な事業を展開している。

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