表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
258/326

258話

「――って事があったんだけどさー」


 湯船に浸かりながら端末に向かって話しかける。

 仕事の疲れを取りながら、色差魔はあれこれと愚痴をこぼす。


 依頼を完遂して帰る途中で魔法省の検問に遭遇し、なんとか逃げ切るも真偽官に行く手を阻まれ。

 能力を応用した行動阻害魔法によってなんとか逃げ延びたことまで話すと、


『……は?』


 生き生きと紡がれ続ける話題に、端末越しに不機嫌そうな声が聞こえてきた。


「でさー、その時あたしは――」 

『用がないなら切っていい?』


 電話越しに苛立ったように舌打ちが聞こえてくる。

 何気ない世間話のつもりだったが、あまり歓迎されていないようだった。


「えー、ちょっとぐらい付き合ってくれてもいいじゃん」

『その理由がないんだけど』


 通話相手――クロガネが面倒そうに言う。

 ただでさえ忙しいというのに、くだらない話に付き合っている暇はない。


 そもそもの話。


『番号をどこで手に入れたの?』


 特に用もないため連絡先の交換をしていなかった。

 これがカラミティの構成員であれば別だが、色差魔はフリーの無法魔女アウトロー

 手駒でないなら関わる理由もない。


 どこかに隙があっただろうか……と、クロガネは警戒しつつ尋ねる。


「え、裏懺悔に言ったら普通に教えてくれたけど」


 依頼の報酬として、と付け加える。

 金銭に困らない程度には仕事をこなしている。

 今一番欲しいもので、かつ裏懺悔が提示できるものがクロガネの端末番号だった。


 こういう性格ではあるが、色差魔も無法魔女アウトローとしては非常に優秀だ。

 伊達に裏社会で長く生き延びているわけではない。

 そんな彼女がこなす依頼となれば、かなりの金銭を得られたはずだ。


『はぁ……』


 そこまでして番号が欲しいのかとクロガネは嘆息する。

 とてもリスクに見合ったものではない。


 得意げに話す色差魔に呆れていると、彼女は気にせず続きを語り始める。

 だが、その話には気になる点があった。


「で、その後なんとか逃げ切れたと思ったらなんかやばいヤツに絡まれてさー。魔女かと思ったんだけどなんか様子が違って」

『……続けて』

「尻尾が三本生えてる、肌が灰色の化け物がいたの。なんかエーテルの感じが変だなーって思ってたら急に現れて」


 そこまで話すと、通話越しに物音が聞こえてきた。

 ガチャガチャと何かを組むような音や布の擦れるような音がした後に、クロガネが問う。


『今から会える?』

「へ? あっ、も、もちろん!」


 ちょうど体を綺麗にした直後だ。

 思わぬ誘いに色差魔は高揚しつつ、壁に立て掛けていた端末を手に取って画面のスリープを解除する。


「……あれ?」


 端末画面には、武器のメンテナンスをしていたらしいクロガネが映っている。

 どうやら先ほどの物音も出かける支度をしていたようだ。


「え、これ……ビデオ通話になってるじゃん」


 画面端には、端末を覗き込む自分の裸体が映っている。

 掛ける際に設定を間違えてしまったらしい。

 当然、その映像はクロガネにも見えているはずだ。


 ずっと入浴している姿を見られていた。

 羞恥心が込み上げて顔が真っ赤になるも、色差魔は冷静に深呼吸する。


「い、いや大丈夫……うん、これはセーフ……」


 自分を落ち着かせるように呟く。

 画面の先から呆れたような視線が刺さるが、カメラを逸らすこともせず堂々と構える。


「あ、後で見せるんだから問題なし!」


 混乱して目をぐるぐるさせながら宣言する。

 この遅い時間に会うのだから、そのままホテルに直行すれば何の問題もないのだと。


 視線を端末画面に戻すと、いつの間にか通話は切られていた。

 ぽかんと呆けていると、少しして待ち合わせ場所がメッセージで送られてきた。


「あれ、この場所って……」


 見覚えのある場所だった。

 雑誌で見かけた、フィルツェ商業区にある有名な高級ホテル――それもカップル向けの部屋が指定されている。


「えっ……ほ、ほんとに?」


 色差魔は顔を赤くして画面を見つめる。

 何度見ても間違いはない。


「うぁぁ……心の準備が……」


 ビデオ通話で入浴中の姿を見て興奮したのかもしれない……などと考えつつ、慌ただしく身支度を始める。



   ◆◇◆◇◆



――フィルツェ商業区、エルバレーノ四番街。


 様々な雑貨屋が立ち並ぶ華やかな大通り。

 月明かりに照らされ、落ち着いた雰囲気を醸し出している。


 日中は買い物に来た人々で賑わっているこの街も、夜になると大人びた世界に変わる。


「ほぁ~……」


 そんな世界に一人、色差魔はそわそわしながら通りを歩く。


 まさか急に誘われるとは思っておらず、大慌てで身支度を整えてきた。

 髪型や服がおかしくないか気になってキョロキョロしながら、目的のホテルに向かう。


 そこは、フィルツェ商業区の中でも最高級のホテル。

 一般庶民では縁のない、それこそ色差魔でも躊躇ってしまうほどの場所だ。

 一泊あたりの金額でクロガネの端末番号を五つは買えるだろう。


 緊張と期待で体が火照っている。

 胸の高鳴りを感じつつ、足を踏み入れようとして――。


「……へ?」


 目の前で大きな爆発が起きる。

 魔法によるものと即座に判断して反魔力を全開――威力を減衰させつつ後方に飛んで衝撃を受け流す。


 すぐ近くに凄まじい魔力の奔流を感じる。

 気配の先に視線を向けると、そこには昼頃に見かけた堕の円環ディプラヴィアの魔女――戦慄級『火輪かりん』が佇んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ